ギターの音 バンドの音の重なりのミラクルに心が躍って
スーパーカーの1枚目と2枚目のアルバムを買い直して聴く。
躍動が体に入ってきたからか
暖かくなって動けるようになったからか
思い立ってyoutubeで「3分間 運動」で検索して出てきた運動を
毎日3〜5セットやり始めた。
初めて運動した翌日はスクワットが効いてものすごい筋肉痛になり
動くたびに「イタタタ…」という始末だったけれど
(しかも筋肉痛を庇いながら階段を降りていたら
つるっと滑って落ちて、お尻を強打した。
すごーい痣ができちゃったけれど、でも蓄えたお肉は
確かに自分を守ってくれていたと、気付かされもした)
毎日続けていると、だんだんと楽にできるようになって
昨日より今日、と体が動くようになっていることが嬉しくて
思いがけず続いている。
きつい動きの時「お産の時こんなだった〜!」と思い出され
(自分の限界を毎瞬間越えていく感じ)そうすると頑張れるのが面白い。
3分間でもうまく体を動かすプログラムになっているようで、汗もかく。
体を動かして汗が流れるということが久しぶり。
汗をかくと気持ちがいい。
股関節を緩めるストレッチというのもあって
漢方の先生に「子宮が冷え切ってる」と以前言われたけれど
これを続けてみたら改善されるかも、と思い
体が動くこと、よいと自分が感じることを
ひとまずやってみよう。
気持ちがよければ、続けてみよう。
そう思って取り組んでいる。
娘が2歳になるまでは、自分のための時間を5分作ることも大変だった。
5分だけなら作れるでしょう、と思えそうな気もするけれど
本当に難しい。それくらい、母子はぴたりとくっついている。
(そうじゃないこともあるかもしれないけれど)
体のリズムもだし精神面も。
寝かしつけた後なら、と思ったこともあったけれど
早々に諦めて、娘が眠った時にはいつでも隣で一緒に眠った。
そうしていると、娘がよく眠ってくれたし
少しでも睡眠を確保して私自身、体を休ませたかったから。
だからこんな風に体を動かそうとは思えなかった。
その時、その時があり
そしてどんな時も(永遠)ではなく
流れ、変化しているんだなと思う。
今、ふと気が向いて
筋トレのようなことを少しずつ続けていたら
1日1日、筋力が少しずつついているのを感じて
今、娘がどんどん動けるようになり
「これからますます動くようになる彼女と一緒に遊べるだろうか」
と、うっすら浮かんでいた不安が
「大丈夫かもしれない。これから、私もまた、体力をつけていくことができるかもしれない」
という、ささやかな希望に変わった。
面白い。
変化はいつも、グラデーションだ。
変わっていることに気づかないまま
変わっていく。