2021年4月15日木曜日

娘を送り出してから部屋の片付けと

切らしていた砂糖を買い足して、晩のためのひじきの煮物を作った。

娘には煮物を細かく刻んで、マッシュポテトに混ぜ込もうと思いつき

じゃがいもも小鍋で炊いた。

 

私は少しずつ、寂しさがなだらいで

からだも動くようになってきた。

片付けをしたり、料理をしたり、そういうことで、

かわいていたところに水がわたってゆっくりふくらんでいく。


 

昨日の夜中、目が冴えて眠れなくなった時間

思い浮かんでくることをそのままぼんやりとなぞっていたときに

魔女の宅急便で、キキがほし草の中で眠るシーンが浮かんできた。

あぁ、気持ちよさそうだな、眠ってみたいなって、憧れたなぁと思いながら

まぶたの裏に浮かんできたシーンを眺める。

森の中で絵を描くウルスラの姿も浮かんできて

あぁ、私、ウルスラになりたかったなって、思いだす。

 

自分にとって大切なことを思いだせたような感じがした。

 


娘は保育園に慣れてき始めている。

 

今朝は、保育園の前につくと小さくひくひくと泣くような声を出し

中に入るとやっぱり少し泣いた。

でも、先生と一緒に保育園のお友達が2、3人とことこと玄関まで出てきてくれて

彼らの姿を見ると娘は泣きやんで、私が先生とお話ししている間、黙っていた。

先生に抱っこしてもらい、私が扉を出るときには泣いてしまう。

でも、それでも、始まれば楽しみ始めているみたい。

 

泣き顔を見ると少し胸がきゅんとするけれど

娘の感情はとても素直で

保育園が楽しい

ということと

お母さんと離れるのは嫌だ

という気持ちが、健全にそれぞれ立ち上がっているのだと感じる。

 

知恵がついてくると

お母さんと離れるときに湧いてくる(寂しい)を

でもこのあと、たくさん遊べるし、また迎えにくるだろう、と未来への推測で

しまうということができるようになる。

 

でも、今の娘をみていると、本当はそのときそのとき、その瞬間の感情を

未来の対価と引き換えにせずに、ひとつひとつ浴びていくことに

美しさや健やかさを感じる。

 

娘が教えてくれることは、本当にたくさんある。

 

 

授乳回数が多く、離乳食はほとんど進まなかった娘。

保育園に通い始めてから、少しずつ食べることに能動的になっているように感じる。

昨日は授乳の間隔が、はじめて8時間以上あいた。

お昼ご飯も、いろんなものを合わせて70グラムほど食べた、と連絡ノートにあった。

家に帰ってからおっぱいを飲んだけれど、夜ごはんも計ってみたら100グラムくらい食べた。


今までは30グラムくらいだったから、急にぐんと食べるようになった。

夜も眠ってから3時間おきに大体目覚めて授乳していたのに、

昨日は20時半頃眠った後、深夜2時までぐっすり眠っていた。

 

3時間起きに目覚めることが習慣になっている私だけが12時過ぎに目覚めて

そのあと2時にやってきた娘の授乳が終わるまで、眠れなかった。

 

眠れずに布団の中で色々、思い浮かんでくることをなぞっていた。


娘がパクパクとご飯を食べる姿を見て

「なかなかご飯、食べないなぁ」と悩んでいた過去の自分の焦点のずれが

明らかに浮かんでくる。

ご飯食べる必要がなかったんだ。

すぐにおっぱい飲めるし、あったかいのがすぐに出てくるし、飲んでいる間はお母さんとぴったりくっついてうとうとしながら飲めるし、こんないいものはない。

頭撫でてもらったり、ふかふかの毛布かけてもらって気持ちがいい。

かたい椅子座って、口に色々運ばれてくるの、意味わからない。嫌だなぁ。

(でも白米とお豆腐は本当に好きで、よく食べる。あれは美味しいんだろう)


何度も友だちが「そんなものだよ」って教えてくれたのに

それでも、日中ひとりで初めての子育てをしていると(自分が何か必要なことをしていないから食べないんじゃないか)と何度も思ってしまって(書いてるだけで胸が苦しくなる!)
あーあ、本当に、過去に戻れるなら隣に座って「ぜーんぜん、大丈夫だよ!」って言いたい!


たくましいぞ、あなたが思っているよりも、よっぽどよっぽど、よっぽど、赤ちゃんは。

ほら!目の前の赤ちゃんを見てごらん!って。


そして、寝ぼけながらごくごくおっぱいを飲む娘のほわほわする柔らかい髪の毛に触れながら

娘がめっちゃ食べる子で、保育園に預けるまでの間

がっつりご飯を作ることになっていたとしたら、私、多分、もたなかった〜!

おっぱい飲んでくれたから、一緒にここまで来られたんだなぁ…と思った。


ご飯と茹で野菜をちょこちょこ10口くらい、食べるくらいで

すぐ「おっぱい〜」ってなってくれて、

いつも膝の上でおっぱいをあげていたらそのまま2時間くらい眠ってくれた娘。


お布団にうつすと起きてしまうから、

膝にのせたまま、絵を描いたり、スマホを見たり、本を読んだりしてきた日々。

ちょっと今日は寝不足で疲れてるし、もう本当に無理かも。と思う日ほど

不思議と長く眠ってくれたこともたくさんあった。

 

(食べる力、あったんだねぇ)と、娘のまぁるい頭を撫でながら思い

それから(ありがとよ)って、思った。


赤ちゃんて不思議だ。

全部わかっているみたいに、過ぎてみれば

過ぎてきた時が、充分だったことがわかる。


わたしはなんだかんだと娘に、先導してもらってきたような気すらする。


膝の上でころころ寝転がって

猫みたいにおっぱい飲んでくれるのは、いつまでのことだろう。


まだまだ彼女の人生これから。長い長い旅のはじまり、と思うのに

ここまでの時間の濃さときたら。 


 




2021年4月12日月曜日

 


4月から、毎朝30分

今までより早起きをしている。

朝していた洗濯物は、夜するようになった。

夫が朝のうちにお米をといでタイマーセットしておいてくれたり

少しずつの工夫が積み重なっている。

 

 

保育園に娘を送り出す時、まだまだ大きな声で泣いてしまうので

胸がきゅっと苦しくなる。

小さな体で一生懸命、頑張ってると思う。

どうか、彼女なりのペースで、でもなるべくスムーズに

先生たちやお友だちのいる環境に慣れ、保育園での時間が

彼女にとって楽しいものになりますように。

 

わたしは、少しずつ気持ちが安定してきて

ひとりの感覚も取り戻しつつある。

 

朝起きて、顔を洗うお風呂場にアロマオイルを垂らしたり

そういう、ほんの少しの

でも今までなかなかできなかったことに

体が動くようになり始めている。

 

今朝、髪の毛にオイルをつける時

いつもグシャグシャパッパ、とつけてるのだけれど(もとの性格もあると思う)
「他人に触るように、してみよう」と思い変わって

丁寧にふんわりと揉み込んでみた。

 

 

知らないうちに、私は自分のことをたくさん縛り上げていた。

たとえば、誰かに憧れる時。

児童館で一緒になるお母さんで、おおらかではつらつとしていて

自分のお子さんとも他の子とも、のびのび遊んで見えるお母さんがいた。

そのお母さんを「いいな」と思った瞬間

心のかげで「私はそうじゃない」って、自分を縛ってる。

ここ数日で、それが見えるようになってきた。


だからふと湧いた気持ちの影で、自分が自分を傷つけているのを見つけて

イメージの中でそれをまず止める。

それからそのまんま、こどもにするみたいにただハグする。

 

安冨歩さんが

「他人を殴ってはいけないように、自分を殴ってもいけない」というようなこと

お話しされてた。

それはきっと本当。


知らない間に、わたしは「私」には鈍感だった。

 

すこしずつ、気がついたら

手をとめて、撫でてあげよう。



娘が生まれてきたときの気持ち、思いだす。

生まれてきたときに小さな体で最高潮頑張ってきたのだから

この世は美しく、楽しいものであるように。


余生のように。


2021年4月9日金曜日

娘が保育園へ。

慣らし保育は、娘の慣れる期間という面の反対で

私の慣らしでもあるな、と感じる日々。


こんなに、ひとりの時間があるなんて。

2021年4月1日木曜日

4月1日

朝、6時10分ころ起きたら娘も起きたので

布団にくるまりながら授乳する。

そのまま娘が眠るかと思ったら起き出したので、6時半になって家族みんなで起きる。

今日から娘は保育園。

9日まで慣らし保育で少しずつ登園時間が長くなっていく。

今日は午前中の2時間半。

 

3月に入ってから、

今までずっと娘の変化に必死に追いつくように走ってきたのが

前方からも(環境の変化)という変化が迫ってくるように感じられて

わたし自身の心がとっても不安定になっていた。

 

あたまでは

「娘が保育園へいくことは必要なこと」

「とにかく活発で好奇心旺盛な彼女にとって、私とふたりで過ごすよりもたくさんのお友達とたくさんの先生と思い切り遊べる時間の方がきっと豊かになっていくだろう」

「わたし自身にとっても、きっと心身に余裕が生まれて暮らしやすくなると思う」

と、4月からの環境変化に対して、良い面を挙げられるのだけれど

寂しさや戸惑いや、

変化に必死で対応してきてまた変化が待ってるというプレッシャーに

どうしても飲み込まれてしまっていた。

 


もうダメだーとなっていた3月後半、

夫が「水族館へ行こう」と行ってくれて

家族3人で水族館へ行って楽しい時間を過ごしたり

昼間の喫茶店でおこなわれた夫のライブを娘と一緒に観に行ったりして

楽しい時間を過ごせたことと

そして埼玉から両親が遊びに来てくれて娘も笑顔のひとときを送って

なんとか波を乗り越えるように過ごしてきた。

 

両親が帰って、夫も仕事だった昨日、3月最後の日は

寂しさと戸惑いで体がいたいくらいになってしまった。


娘の手前、どーんと安定していたかったけれど、心がちぎれそう。

 

買い物へ行きがてら、娘を抱っこしながら散歩して

その道すがら、娘に話しかけてみる。


「明日から、保育園へいくよ。

保育園には優しい先生とお友達がたくさんいて、きっと楽しく過ごせると思うよ。

お母さんは、これからも家族3人で楽しく暮らしていくために、お仕事へ出かけるんだ。

何があっても、お父さんもお母さんも、娘っこをいつでも見守っているからね。

お母さんも正直戸惑っているし、寂しいんだ。でもひとまずやってみよう。

もしダメだったらまたその時考えよう」

 

そう話しかけながら、


そうだ、ひとまずやってみよう。

 

きっと楽しくなると思うけれど、本当にそうかはわからない。

不確かな場所に何も知らない娘を置いてくるのだから、不安になるし

戸惑うのも当たり前だ。

行ってみればわかる。行ってみてダメならやめたらいいし

とりあえずやってみたらいいんだ。

 

そう思えるようになった。

 

午後になって、娘の通う保育園の先生から

連絡用のラインに写真とメッセージが届いた。

 

「明日、もし良ければ奥の部屋でお写真が取れるようにしていますので、お時間があれば上がってください」

というメッセージと

「おめでとう」という文字と

紙で切り貼りした動物や太陽の飾りが賑やかに貼られた壁の写真。

そして

「娘さんのマークはいちごです」と

娘の荷物をいれる棚に、

娘の名前といちごのフェルトでできたマスコットが貼られている写真も添えてくれた。

 

そのメッセージと写真を開いて

嬉しさで胸がいっぱいになって涙が出てきた。

それと同時に、とってもほっとした。


(娘を待っていてくれてる)

そう思えた。

 


同じメッセージを受け取った夫から

「居場所を用意してくれてる、と感じるとホッとするね」とラインがきて

うんうん、とうなずく。

 

娘をぎゅうっと抱っこして、夫と3人、ずーっと走っているみたいだったけれど

私が手をはなしても

娘自身を受け入れてくれる場所が

ひとつ生まれたっていうことなんだって、ホッとしたし

あぁ、すごいことだって思った。

 


とはいえ、今朝起きてからは緊張でお腹が痛くて痛くて

多分、私の空気を察してか娘もぐずっていた。

 

8時過ぎ

夫も一緒に家を出て

練習したての電動自転車のかごに娘を乗せる。

私はお昼寝布団を入れた袋を背中に背負い、娘の着替えやオムツの入った袋を下げて

大荷物で自転車を漕ぐ。


ぐずっていた娘も、自転車を漕ぎ始めると嬉しそう。

自転車の娘が乗っているかごのフチに、娘が小さな左手をかけていたから

私も左手を伸ばして、娘の手の上に重ねた。

ふやふやとやわらかい手。

途中で手を離したら、娘が手をひらひらとさせたので

また手を伸ばしてそっと重ねた。

 

通り道沿いのお寺の桜が綺麗で

「みぎに見えますのは〜、ほらほら、桜がきれいだね」って話しかける。

ヘルメットをかぶった娘の後ろ姿にむけて。

 

よく晴れて、桜は綺麗。朝の冷たい空気。明るい日。

 

娘の通う小規模保育園の前につくと、通園する他の親子と一緒になって

一緒に玄関にあがらせてもらうと

園長先生が出てきて出迎えてくれた。

0歳から3歳までのこどもたちが10人ほど一緒に生活している、

普通のおうちのような小さな園。

入園式のような特別なことはなくて、今日のいつも通っているみんなにとっては

「普段と同じ1日」

娘を連れていくと、もうこどもたちの賑やかな声が部屋の中を跳ねていて

その声を聞いたら、心がふっと軽くなった。

娘も「ここどこだ」という顔をしつつも、なんとなくナチュラルな様子。

先生に促されて、荷物を棚につめて

奥のお部屋の、飾りの前で写真を数枚とってもらって

「じゃあ、またあとで」という感じでバタバタと別れてきた。


娘は何もわからないまま、園長先生に抱っこされていた。

他の子の通園と重なった小さな玄関でバタバタとバイバイしてきた。


娘のおりたからっぽのかご

自転車を漕いで家に戻ってきた。

 

なんだかまだ、ポーッとしたまま、夫に報告し

さっきスマホで撮ってもらった写真を送って

この文章を書き始めた。

 

書いている途中に、「あ、洗濯があった」と思い出して

洗濯機を今まわしている。


わたししかいない部屋に入ってくる光はやわらかくて

こんなに静かだったっけ、という感じがする。

洗濯機のまわる音、こんなに大きかったっけ。

 

 

 

ゆっくり、ゆっくり、慣れていこう。

身を投じるようにして

今はもう、新しい空気の中。