娘は保育園に慣れてき始めている。
今朝は、保育園の前につくと小さくひくひくと泣くような声を出し
中に入るとやっぱり少し泣いた。
でも、先生と一緒に保育園のお友達が2、3人とことこと玄関まで出てきてくれて
彼らの姿を見ると娘は泣きやんで、私が先生とお話ししている間、黙っていた。
先生に抱っこしてもらい、私が扉を出るときには泣いてしまう。
でも、それでも、始まれば楽しみ始めているみたい。
泣き顔を見ると少し胸がきゅんとするけれど
娘の感情はとても素直で
保育園が楽しい
ということと
お母さんと離れるのは嫌だ
という気持ちが、健全にそれぞれ立ち上がっているのだと感じる。
知恵がついてくると
お母さんと離れるときに湧いてくる(寂しい)を
でもこのあと、たくさん遊べるし、また迎えにくるだろう、と未来への推測で
しまうということができるようになる。
でも、今の娘をみていると、本当はそのときそのとき、その瞬間の感情を
未来の対価と引き換えにせずに、ひとつひとつ浴びていくことに
美しさや健やかさを感じる。
娘が教えてくれることは、本当にたくさんある。
授乳回数が多く、離乳食はほとんど進まなかった娘。
保育園に通い始めてから、少しずつ食べることに能動的になっているように感じる。
昨日は授乳の間隔が、はじめて8時間以上あいた。
お昼ご飯も、いろんなものを合わせて70グラムほど食べた、と連絡ノートにあった。
家に帰ってからおっぱいを飲んだけれど、夜ごはんも計ってみたら100グラムくらい食べた。
今までは30グラムくらいだったから、急にぐんと食べるようになった。
夜も眠ってから3時間おきに大体目覚めて授乳していたのに、
昨日は20時半頃眠った後、深夜2時までぐっすり眠っていた。
3時間起きに目覚めることが習慣になっている私だけが12時過ぎに目覚めて
そのあと2時にやってきた娘の授乳が終わるまで、眠れなかった。
眠れずに布団の中で色々、思い浮かんでくることをなぞっていた。
娘がパクパクとご飯を食べる姿を見て
「なかなかご飯、食べないなぁ」と悩んでいた過去の自分の焦点のずれが
明らかに浮かんでくる。
ご飯食べる必要がなかったんだ。
すぐにおっぱい飲めるし、あったかいのがすぐに出てくるし、飲んでいる間はお母さんとぴったりくっついてうとうとしながら飲めるし、こんないいものはない。
頭撫でてもらったり、ふかふかの毛布かけてもらって気持ちがいい。
かたい椅子座って、口に色々運ばれてくるの、意味わからない。嫌だなぁ。
(でも白米とお豆腐は本当に好きで、よく食べる。あれは美味しいんだろう)
何度も友だちが「そんなものだよ」って教えてくれたのに
それでも、日中ひとりで初めての子育てをしていると(自分が何か必要なことをしていないから食べないんじゃないか)と何度も思ってしまって(書いてるだけで胸が苦しくなる!)
あーあ、本当に、過去に戻れるなら隣に座って「ぜーんぜん、大丈夫だよ!」って言いたい!
たくましいぞ、あなたが思っているよりも、よっぽどよっぽど、よっぽど、赤ちゃんは。
ほら!目の前の赤ちゃんを見てごらん!って。
そして、寝ぼけながらごくごくおっぱいを飲む娘のほわほわする柔らかい髪の毛に触れながら
娘がめっちゃ食べる子で、保育園に預けるまでの間
がっつりご飯を作ることになっていたとしたら、私、多分、もたなかった〜!
おっぱい飲んでくれたから、一緒にここまで来られたんだなぁ…と思った。
ご飯と茹で野菜をちょこちょこ10口くらい、食べるくらいで
すぐ「おっぱい〜」ってなってくれて、
いつも膝の上でおっぱいをあげていたらそのまま2時間くらい眠ってくれた娘。
お布団にうつすと起きてしまうから、
膝にのせたまま、絵を描いたり、スマホを見たり、本を読んだりしてきた日々。
ちょっと今日は寝不足で疲れてるし、もう本当に無理かも。と思う日ほど
不思議と長く眠ってくれたこともたくさんあった。
(食べる力、あったんだねぇ)と、娘のまぁるい頭を撫でながら思い
それから(ありがとよ)って、思った。
赤ちゃんて不思議だ。
全部わかっているみたいに、過ぎてみれば
過ぎてきた時が、充分だったことがわかる。
わたしはなんだかんだと娘に、先導してもらってきたような気すらする。
膝の上でころころ寝転がって
猫みたいにおっぱい飲んでくれるのは、いつまでのことだろう。
まだまだ彼女の人生これから。長い長い旅のはじまり、と思うのに
ここまでの時間の濃さときたら。
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