2020年4月9日木曜日
お義母さんが送ってきてくれた、不知火というオレンジを
最近、毎朝いただいている。
実が大きくて、瑞々しくて、とても美味しい。
今朝も不知火がある、と思うと
朝起きるのも楽しみになる。
昨日は、産院でラマーズ教室があった。
出産日の近い5人が集まり
お産の時の呼吸法を助産師さんから教えていただいた。
そこでも、本当に眠ってるときくらいの「脱力」を教わる。
「この力の抜きかたで、いきます」と。
そして、はーっと、吐く呼吸。
お腹からずーっと、お尻まで、呼吸が抜けていくように意識する。
これが、「いきむ(息む)」ということなんだと。
「吐けば自然と吸ってるから、吸うことは考えずに、吐くことだけ意識して」
呼吸のCDと、全く同じことを教わるのだった。
呼吸法の練習をした後に
「瞑想をします」と言われ
静かなピアノの音楽が鳴る中
「言葉にしていく体の部位を、意識していってください」と言われた通り
頭の先から、足の先まで、順々にからだに意識を置いていく。
心身が落ち着いたところで
助産師さんが、詩のような散文を、朗読した。
それは、私がまだ都内の図書館で働いていたとき(10年以上前だ)
一緒に働いていたはしださんが妊娠されて
「おおくぼさんにも、読んでもらいたくなって」と
はしださんがわたしに贈ってくれた本だと
すぐにわかった。
産まれてくる前の赤ちゃんから、語りかけられているような文章。
はしださんにいただいた本を読んだときにも
なんだか込み上げるものがあったけれど
今また、同じ文章が自分の前に巡ってきて、じん、と沁みて
涙が流れた。
出産前に、こんな風に心身の準備ができるようなサポートをしてくれて
偶然だったけれど、いい産院にやってこられたな、とも思った。
呼吸をならい、瞑想を終えた後は
ひとりひとり、乳房のチェックがあった。
授乳できる状態か、助産師さんが乳首を見ていく。
「37週くらいから、ちょっと痛いけど、これくらいの力で
マッサージしてくださいね。
でも痛いのがストレスになってはいけないから、お風呂上がりに、タオルで強めにこすったりするんでもいいです」
助産師さんにそう声をかけていただいた。
助産師さんや、看護師さんに会うたび思う。
乳首を見てもらったり、チェックのためとはいえ、触れられたりするのって
ちょっと恥ずかしい気がするのに
彼女たちに触れられるとき、そんな気持ちが起こらない。
それは、少しも余分がなくて
純粋にどんな状態であるか、いのちしか見てない感じがするから。
いつか、風邪をひいて病院に行ったとき
看護師さんに手をとられたときにも、そう感じた。
そのときに、私もこの手のようになりたいな、と思ったことを思い出す。
昨日また、あぁ 、いいな。と思った。
ラマーズ教室を終えて家に戻るともう夕方で
ちょっと疲れたのもあるし
このまま買い物に出ずに、家にあるもので晩ご飯にさせてもらおうと思う。
根菜類があったので、玉ねぎと人参を切って、かき揚げにする。
さつまいももあったので、イモ天も揚げられる。
あとは冷凍餃子を焼く。
帰ってきた夫に、今日の晩ご飯はこんな感じで、と伝えると
夫はスーパーに行って、きゅうりとトマトとビールを買い足してきた。
かき揚げもイモ天も、サクッと揚がって美味しかった。
餃子もうまく焼けて、夫がきゅうりとトマトを切ってくれた。
簡単だけど、美味しいご飯。
夫が食後、ギターを持って鴨川に歌の練習に出かけてから
私は冷たいものがほしくなり、アイスクリームを食べたらお腹が痛くなってきた。
食べ過ぎに違いない。
いてて…と思いながら
シャワーを浴びて早めに布団に入った。
横になっていると夫が帰ってきて
「歌えた?」と聞くと
「気持ちよく歌えたよ」と返事があった。
月が大きくて明るかったとのことで
「見せようと思って撮ってきたんだ」と
スマホを持ってきて、月を映した動画を見せてくれた。
まんまるでパカーンと明るい月。
雲が月明かりに照らされながら、ゆっくり流れていく。
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