この頃、
こどもがロバート・バーローという人たちのYoutubeチャンネルを好んで観ていて
私も一緒に観ている。
ロバート・バーローの影響か、オノマトペでおしゃべりしたり
不思議な調子で歌ったり、表現がのびのびしているのが面白い。
ロバート・バーローの舞台装置は
影だったり、ライトだったり、手で持つお面だったり
とてもアナログなのだけれど
立ち現れるゆらぎのある景色に魅了される。
それはなぜかなと考えていたら
この頃、とても好きな絵本作家
マーガレット・ブラウンへ抱いている感触と重なった。
マーガレット・ブラウンの絵本は詩的な言葉が並べられ
この世界の美しさや奥ゆかしさ、不思議さ、空間のひろやかさに触れる感触があるのだけれど
決して空想の言葉は並べていなくて(私が読んだものは)
ただ、あるものを並べていく。
電話 だったり スリッパ だったり 暖炉の火 だったり
そうして触れられるすぐ身近にあるものの存在を立ち上げていった先に
この世界が美しく、不思議であるということが同時に伝わってくる。
この世界が不思議で美しいことを
こどもたちに分かち合ってくれているようなその在り方と眼差しが
本当に素晴らしいと感じている。
ロバート・バーローも同じ。
彼らの手を動かすことで出来上がる
今この場所での光や影の重なりは
この世界のおかしさを、教えてくれる。
この命が、有限のきらめきの中にあり
その制限(ある条件)の中に立ちあらわれていることそのことが奇跡で
有限であるのに、次の瞬間にはなく、この一瞬に全てがあらわれているということで
同時に無限であるという
なんだかやさしい、あたたかい。
どうして、積み木をただ並べてそのかたちに
胸うたれるのか
世界中のすべてが、それがそこにあることを今可能にさせていて
またそれが、またそのかたちをいつまでも保つわけではないこと
うやうやとわからなさのまま
同時に深くわかっていること
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