2025年10月25日土曜日

 

出産が影響するものなのか

年齢ゆえの変化なのか


以前は生理前に気持ちが揺れがちだったのが

近頃は排卵日付近で気が塞ぐ日が出てくるようになった



ホルモンバランスの影響とわかっていると、感情を深追いしなくていい


お、と思ったときにはアプリで生理周期を確認して

「排卵日か」とわかるとほっとする


漢方を飲んで、時が過ぎるのを待つ





でも、胸がキュッと小さくなっているので

娘のわがままに余裕ある対応ができなくなる


昨日もそれで怒りをぶつけないまでも

怒りを抑えられずに、帰り道の自転車を漕ぐ間むっつり黙ってしまう




家の近くまで来たら

娘の保育園時代の先生とばったり会って

それで、娘と私それぞれに、空気が少し柔らかくなった


それから

娘が自転車の後ろから私の背中に両手をあてて

「仲直りしよう」と言う



娘の優しさに救われてる43歳の秋

2025年10月24日金曜日

 


探し物をしていたら、思いがけず見つかったものがあった。

こぎん刺しの名刺入れとヘルパー2級の修了証明書。


どちらも、少し前に「あれはどこにあったかな」と思い浮かべていたもの。


この秋は名刺を使う機会があって

ずっと前に買った、そのこぎん刺しの名刺入れを探していた。


そしてヘルパー2級の修了証明書は

今は福祉の仕事をする予定はないけれど

もしいつかまた復帰するときには必要だなと思って

「探さねば」と思っていたもの。(こぎん刺しの名刺入れに入っていた)




この秋、思いがけずインタビュー記事を書いてもらう機会があった。

不思議なことだけど

インタビューを受けている間、「私って何もないな」という感覚がやってきて

丁寧に仕上げてくれた記事を読んでも、やっぱり自分が何もしてきていないということが

浮き彫りになっているような、そんな感触だけ残った。

(もちろん、自分の取り組みを丁寧に書いてくれている。そのはずなのに)



私は空っぽなんだったけ

この空っぽはどうしたら埋まるんだっけ


という感覚がずっと残ってた。



ヘルパー2級の修了証明書が手元に戻ってきたとき

私はほっとした。


空っぽの虚しい感覚が解けた。


今は福祉の仕事はしていないけれど

今していることも、福祉の仕事で見てきたこととつながっている。

それは、ひとりひとりと出会うということかな、と思う。


たったひとりの、その人を見る。ともいえる。



インタビュー記事の中では

文章を書く仕事ができなかったから

ヘルパーの仕事をしていたような描かれ方をしている、と感じたけれど

そうじゃなかった、と思う。



ヘルパーの仕事を介して

人と向き合うことや、隠れずに生きることを教わった。


私はちゃんと、そこにいたんだって思う。