2020年6月20日土曜日
20日間手伝いに来てくれていた母が帰って行った。
母が帰ってしまったらどうなるだろう、と先週末は不安もあったけれど
「私がいる間に」と言ってくれて
母乳マッサージへいかせてもらえたり
美容院へも行って髪を切らせてもらえたり
そうしている間に気持ちも落ち着いてきた。
(美容院でシャンプーをしてもらいながら、私は赤ちゃんにどんな風に触れているだろう、とあらためて思ったりしながら)
母は、20日間の間に、孫をたくさん抱っこして
毎食の食事と毎日の洗濯をごっそりしてくれ
朝早く起きて、近くのお寺や鴨川沿いをたっぷり散歩した。
おとといだったかは
鴨川の亀石(川を渡れる飛び石)を見つけて
「テレビで見たやつだ!」と思い、渡ってみたらしい。
岸と岸を結ぶ飛び石は、結構な距離。
決して身軽ではない体で、石と石とを飛んでいく母。
途中で中洲でお酒を飲んでいた学生風の男の子2人に(夜通し飲んでいたのだろう)
「おばちゃん、大丈夫ですか?」と声をかけられたらしい。
「渡っちゃった!」と喜んで声を弾ませ、散歩から帰ってきた。
20日間を終えての母の帰り際、
寝つきそうだった赤ちゃんが目を覚まして泣いたので
玄関先まで一緒に見送って
「涙の別れだね」と言って母の顔を見たら
母もちょっと泣きそうだった。
「しっかりね」と言って、母は帰って行った。
夫が母をマンションの出口まで見送り、戻ってきた。
私と夫と赤ちゃん。
家族3人生活が始まる。
赤ちゃんはその後
ぐずついたり、ぎゃぁんと大きな声で泣いたりもしたけど
なんとかあやして
夫が作ってくれたお昼のパスタを、授乳しながら
「3人ともご飯だね」と言っていただく。
母がきている間は、私も「娘」だったから
母が帰って、ふっと「娘」のわたしが薄まって
わたしと、夫が
頼りなくても、なんでも
このかたちでしかいられないし
このかたちをした、母と父なんだ、
そこにやってきた赤ちゃん、
という感覚がやってきた。
それで夫に
「赤ちゃんに育つ力があるんだよね。どうしたらいいんだろう、って悩むけど
その育つ力に寄り添っていけばいいんだよね」
というようなことを言うと
夫は「多分そうだと思うよ」という風に、答えてくれた。(と、思う。記憶力が、ちょっと低下中)
授乳中、うとうとっとした赤ちゃん。
寝ついたかな、と思って
赤ちゃんを布団におろすと、少しすると起きて泣き始めたので
今度は腕の中でうとうとっとしたら、しばらくずっと
そのまま腕の中で寝かせておいた。
授乳のために開けたシャツのボタンは外れたままで
はだけたおっぱいとおっぱいの間に
赤ちゃんが頬をつけて、スースー寝ている。あつい。
赤ちゃんの体温。
人肌に触れて、眠っていたい時って、あるよね、あるある。
すぐに布団にうつして、悪かったね。
おっぱい飲んで、そのまま腕の中でとろんと、眠りたかったんだよね。
そんな風な思いが湧いてくる。
どうしたらいいんだろう?と正解を探すけれど
育児書に書かれた「0ヶ月」の欄は数ページ。
その数ページで毎日が、きっと埋まるはずないんだ。
適切な対応が必要な(どうしたらいい?に「こうしたらいい」がある)場合も
もちろんこれから多々あるだろう。
それももちろん大切で
と、同時に
0ヶ月の欄を数ページにするしかないくらい
起こっていくことは、その人、その人、その家、その家、なんだろう。
自分と、夫のところに
なんの因果かやってきて
私は私でしかいられず
夫は夫でしかないし
赤ちゃんも、その子としてきた。
自分たちのかたちで、なるべく楽しく
互いにご機嫌に
一緒にいる時間を、過ごしていこう。って
そういうことだ。
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