「すでに自分が、満たされていることを知っている」
ひとりの時間を、と夫が娘を見てくれている間
ポカンと受け取った時間。
何もしない時間が欲しくて、でも公園でボーッとするには寒いので
喫茶店にでも行こう、と思う。
今は個人のこだわりが詰まっているような、そんな場所よりも
なんでもないところへ行きたいな、と思う。
「窓が大きくて明るいところ」というイメージだけ来て
歩ける距離にある、「窓が大きくて明るい」喫茶店へ出かけた。
はじめて訪れた、老舗和菓子屋さんがやっている現代風のそのカフェは
お客さんは私だけ。
値段は立派だけど、コーヒーもおまんじゅうもそれほど美味しくなくて
でも窓だけは大きくて、明るくて、ビートルズが割と大きな音でずっとかかっていた。
そこで画用紙を開いて、最近の自分の1日の過ごし方と
これから娘が保育園へ行くまでの流れを書き出しながら
今、心に引っかかっていることなどを書き出していく。
でも窓だけは大きくて、明るくて、ビートルズが割と大きな音でずっとかかっていた。
そこで画用紙を開いて、最近の自分の1日の過ごし方と
これから娘が保育園へ行くまでの流れを書き出しながら
今、心に引っかかっていることなどを書き出していく。
書き出してみれば、その瞬間解決策が浮かぶことも多くて、なんだかホッとする。
現在地を確かめるような作業の中、
現在地を確かめるような作業の中、
ジョンレノンのHappy Christmas(War is over)が流れた時、
ぱぁーっと空気が華やかに明るくなった。
私もうすでに幸せなんだ。
夫が年末に、新曲を作っていた。
「今まで歌にしてきた悲しみがなくなってしまって、曲ができるのか不安だった」というようなことを、夫は話していた。
悲しみがなくなった後にも
歌は生まれるんだって、夫の新世界への移行。
今、また、ひとりの時間をもらっていて
絵を描き始める前の、準備運動みたいに
「わたし」への呼水みたいに、本棚から雑誌を1冊手にとった。
昨年の暮らしの手帳
早春号。
丁寧な暮らしではなくても
が、コピーになっている号で、めちゃめちゃ好きな号。
「丁寧」までもがいつの間にか「カテゴリー」になってしまっていたのを
水溜りにはった氷をバリンと割るみたいにして
もぎ取ってきたような、そんな号なんだ。
(新曲ができた時、夫は「もぎ取ってきた」と言った)
私は思う。
もしかしたら、知らぬ間に、私は私の命を「何かいつも、どこか足りない」という思い込みの中に、預けてしまっていたんじゃないかってことを。
今、自分の手でそれを、取り返してこれる。
戸棚を開けて、ずっと置きっぱなしにしていたのを
いとも簡単に、もう一度手のなかに。
私の人生はすでに始まっていて
そして始まった時から、私は充足しているんだった。
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