2022年11月15日火曜日

 


すこし前に、脈診や舌診をして
漢方を処方してくれる、漢方薬局へ行ってきた。

自分自身の心身の波立ちを、
自分でコントロールできる範囲を越えていると思えて
産後の体の変化や、
更年期の症状についても未知のことだから

自分の体に今何が起こっていて、どうなっているのかを
教えてもらいたいとも思った。


手首を出して、脈診をしてもらっているときに
先生から
「このからだで、よく妊娠できました。奇跡です。縁があって来てくれましたね」
と言われた。

子宮まで冷えきっていて
体の中に血をめぐらせる、肝の力が弱っていて
血も不足しているし、排出する力がないから、
排出できずに溜まっている水分が体の中で悪さをしています

とのこと。


娘を妊娠する前は、冷えとりの靴下を履いていたり
今より体力もあったし、
ちょうどヘルパーの仕事の勤務体制を変えてもらって
体調がととのっていたタイミング。

だから、その時は今の体とは違ったんじゃないかなとも思ったけれど
「縁があってきてくれた」という言葉はすごく響いてきた。

本当にそう。と思えて、嬉しかった。



先生から「こんなことはありませんか?」と
聞かれることが、ほとんど、そうそう!という感じで
まるで占いのようだった。


「体が疲れきってぼろぼろです」

と言われて

あ、疲れてるんだ。疲れてるって、思ってもいいんだ、と思って
ほっとした。

「この症状の人は、周りに伝わらないんですよね。不調を理解されないことが多い」
と言われた時に、
胸がいっぱいになって涙が出てきた。


自分でも、自分の不調の原因がわからず
「なまけてるんじゃないか」と思い
「気の持ちよう。気持ちを切り替えれないのはどうしてだろう(できるはずなのに、していないんじゃないか)」と思い、自分でも自分の不調を理解できていなかった。

疲れきって、ぼろぼろだったら
「娘を連れて埼玉に帰るしかない」

それしかもうない、という思考回路になったのも
よくわかる。体からしたら、それしかないもの。


「元気になりたいんです」
と話したら
「そのように、処方しますね」
と言ってもらって、ほっとした。



冷えてるんだ、と思い
最近履いていなかった冷えとり靴下も出してきて履き始め
ズボンの下にスパッツも履く。

「水分を摂りすぎないで。排出する力が足りてないから」
と言われ、水分も少し控える。


それから毎食前に処方してもらった漢方を飲んで

気づいたら、ここのところ気持ちが落ち着いている。
前は「何かをしよう」とか「あそこにいってみたい」
という(意欲)というものが起こる場所がない
(火種を灯す炉がない)という感じがしていたけれど
今は少しずつまた、炉が体の中にできあがってきている気がする。



診てもらってよかった。






体のことも、まるで冒険。

からだのことを教えてもらうことはそのまま
自分が歩いている道を教えてもらうことのような感じがする。


そして、いろんな時期がある。

しんどいところを歩いている時期は気も重たいけれど
そんな中だから、何が自分の負荷になって
どんなことで気が晴れるのか、自分は何が好きで
生きている中でどんなことが必要な人なのかも
同時によくわかる気もする。

(でももう、なるべく歩きたくないから、ここで見たことをおぼえていよう)




今日のご飯は何にしよう


この間、しじみのお味噌汁を作ったら娘が美味しいって喜んだから
またしじみを買ってきて砂抜きしておこうかな。



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