歩く道のり
すこし前 鴨川の土手でぼんやりしていたら
向かい岸で大声で歌っているひと
風にのって聞こえてきたのは 奥田民生のさすらいだった
ずっと、惹かれるもの、惹かれる人の背景に「月」があって
なんだろう、これは
と思っていた
伊江島のラム酒が飲みたいな、京都で買えるお店はないかな
と思って調べたら「月読」というバーが出てきて
これは呼ばれているかも、と思って
(あまりにもその前に月モチーフに触れることが重なっていたから)
月読神社を調べると
近所の神社の中にも祀られていることがわかって
お参りに出かけた
すこし高い階段をのぼったところにあるお社で
初めてその神社へ行った時
「あそこはなんだろう?」と思って見ていたところだった
その時
行ってみようかな、でも少し怖い と思っていたら
雀が飛んできて、陽のさす石段にとまった
「あ、これは多分、行っても大丈夫」
そう思ったけれど、やっぱり畏怖の気持ちが勝って
お参りしなかったお社
よく晴れた朝に、お参りに行ったらスッキリとした
おみくじを引いたら大吉で
これはやっぱり行ってよかったのかも、と思ったけれど
こういうのって不思議だ
何がどうなっているのか わからない
そしてきっと わからないままでいいのだ
・
先日 占いへ行ったら
本来もっとぽわ〜っとしているだけでいいし
計画したりとか本当にできない人なのに
頑張ってそう生きようとしていて、本来の無邪気さが抑えられている
と言われて
なんだか、すこん、と腑に落ちた
占いとかすればいいのに、
もっとスピリチュアルなことしたら
と言われた言葉が残って
さっき久しぶりに自分のためにオラクルカードを引いてみる
女神カードを引いたら
やっぱり月の女神様がどどっと出て
大天使カードを引いたら
いつもは大きな抽象的なメッセージがやってくる印象のカードが
具体的なカードを3枚出してきた
そのうちの一枚はカウンセラーというカードで
背景にやっぱり「月」がある
おもしろい
そして、ぺらりとめくった4枚目のカードは
「困難は過ぎ去った」というカードで
あ、よかった
と思う
・
先日、京都に友人が来てくれて
彼女が行きたいと行った貴船神社へ一緒に出かけた
電車を一本逃してしまって、神社行きのバスを15分待たなくちゃいけなかったはずが
バスが遅れていたようで、神社の最寄り駅に着くなりバスがやってきて
待つことなく乗れたり
お参りしようと本殿の前に立った瞬間に
お祓いが始まって祝詞が詠みあげられたり
「これはなんだか、歓迎されてる?」と
友人と顔を見合わす
こういう時
「呼ばれる」ということがあるんだなって思う
でも大抵
そこでお参りをして何がどうしたかって、目に見えてわかったり
啓示を受けるようなことってないな、とも正直思う
神社に入って、好きだなって思う感覚はあっても
神様のお名前や由来を見て、
それがどんな神様かって、ピンとくるわけじゃない
でもそれも
わからないままで、きっと全部いいんだなって思う
目に見えていないところで
何かがむすばれたり はなれたり ととのっているかもしれないし
そうでなくても
気持ちよくその日過ごせた
そういえば不思議だったな
というままで 人生のほんわりとした思い出になる
そんなことでよくて
そんなことが、いいのかも
0 件のコメント:
コメントを投稿