2020年4月15日水曜日






雨のあがった火曜日
たまっていた洗濯物をほす。
 
朝から体が動くので、夫とふたり
おのおの家の掃除をする。
 
お昼は、簡単なお弁当を持って
御所へ出かけて食べることにする。
 
炊き上がったお米で昆布のおむすびを2つ結ぶ。

前日に、小さな頃からお弁当に必ず入っていた甘い卵焼きのことを考えていたので
お砂糖を入れた甘い卵焼きと
出汁巻き卵の2種類の卵焼きを焼く。
 
夫が鮭を焼いて
冷凍の唐揚げを2つレンジで温めた。
 
水筒に麦茶を入れて
銀行と郵便局に寄って
途中の和菓子屋さんでおやつに最中を2つ買い足し
御所まで歩いていく。
 
 
花はだいぶ終わってきたけれど
今度は新緑が溢れている京都御所。
 
観光の人はもうすっかりいない。

老若男女
散歩したり、遊具で遊んだり
ベンチに座ってお弁当を食べたりしている。
 
 
入り口から少し歩いたところのベンチに座って
私たちも持ってきたお弁当をひろげる。

なんてことのないおかずも
お弁当箱(タッパーだったけれど)につめて
外で食べれば、より美味しく感じられるから不思議だ。

視界が開けると
心まで解放されるようで不思議。
 


 
もうしばらく飲食店で外食はしていない。
好きな本屋さんへも出かけていない。

休みとなると散歩をしているので
今年はなんだかんだと、例年よりも桜の花を
ずいぶん長く、楽しんだ気もする。
 
 
お弁当と最中を食べ終えて
新緑の中をしばらく散歩する。
 
若い緑が気持ちいい。
芝や苔の緑もあわさり、そこに木漏れ日が落ちる。
 
木の近くに立って、深呼吸。
 
 
心の奥っかわにはりついてた、怯える気持ちが
流されていくような感じがする。
 
 



出産間近になって
産後、母と義母に2週間ずつ手伝いに来てもらう予定だったけれど
もしかして来てもらえないかもしれないな、ということを考えてる。
 

少し前に、今からでも里帰り出産に変更するかということを
夫とも話しあった。

結局変更はせずにこのまま京都で産むことにしたのは
今から地元で産院を見つけて受け入れてもらうのも大変だし
帰省することで起こるリスクもあるし、というのもあるけど
一番の理由は違う。
 
出産、産後といちばん近くにいてもらって
新しい命を一緒に迎えて
そこで起こることを一緒に乗り越えたいと思っている人が
自分にとっては夫だということが
今は、くっきりはっきりとわかる。
 

数ヶ月前、今とは全然違う状況のなかで
里帰り出産をするかしないか迷っている時には
この気持ちはもう少しボワっとしていて
こんなにくっきりしていなかった気がする。



その時も、産後、赤ちゃんのそばに夫にいてほしい気持ちはありつつ
もう少し、産後の自分の状況を心配していた。

体や気持ちが追いつかないのでは、とか
ノイローゼになったらどうしよう、とか。

結局、義母も手伝いに来てくれるとなって
赤ちゃんにとって、両親がそばにいて
おばあちゃん2人に関わってもらえることが
とてもいいことに思えたから京都で産むことに決めたのだった。

その時見えたのは、その景色だった。




今は
もし母と義母がこられなくても
夫がいる場所で子育てを始めたいと思うし
 
数ヶ月前にはあまり感じられなかった、
赤ちゃん自身の存在も感じる。
 


出産を経験した友人たちは
産後の育児について
「髪振り乱して」とか「白目向いて」とか、いうので
きっと自分もそうなるのではと思うけど
 
たぶん、私が赤ちゃんにしてあげる、という
一方的な関係ではない気がする。
 


赤ちゃんとふたりきりになって、困ったらどうしよう
と思っていた時
想像の中の私は一人ぼっちで、
抱えている赤ちゃんは人形のように無反応なイメージだったけれど

お世話は必要だとしても
生きる力自体は、赤ちゃんにあるんだということが
今は感じられる。
 
というのも、この9ヶ月、私は食べて歩いて寝ているだけだ。
ぐんぐんと、育ってきたのは、お腹の中の人だ。
 
だから、きっと

一緒に乗り越えるメンバーの中に
夫もいて、赤ちゃん自身もいる。
 


今、いちばんはじめに就いた
介助の仕事も思い出した。
 
その時も、全介助が必要で
介助者が、障害のある方をサポートしているというように見えたと思うけれど
実際の関係性は違っていた。
 
自分は充分に、相手からのサポートと信頼を与えてもらうことで
介助の仕事ができていたのだった。
 
 
思えば、
成人の方ではあるけど、オムツ交換もしたことがあるし
お風呂の介助もしてきたし
利用者の方のお子さんのオムツ介助や寝かしつけもさせてもらったことがある。
 
 
自分の手足が行ってきたことも、信じよう。



きっと大丈夫。
 
 

 



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