2020年8月14日金曜日

昨日、娘の寝かしつけをしている時にふと

「自分の人生を修正できるなら」というアイデアが浮かんでくる。


今、会えている人とはどんな道筋でも会える、という都合のよい条件をつけて

寝ぼけながらふわふわと思いを漂わせる。

 

すぐに浮かんだのは、中学時代バスケ部だったけれど

美術部に入る。ということ。

 

母に「中学時代は体力をつけるために運動部に入ったほうがいい」と言われて

なんの疑問も持たず、運動は苦手だけれど、球技は比較的好きだったので

バスケ部に入った。

絵を描くのが好きなのだから、美術部に入ればよかった。

 

高校も、選び方がよく分からなくて、

学校見学へ行った時になんかいい感じがする、という理由で決めたけれど

(それはいちばんな理由になる気がするけれど)

自由な校風の高校に入学して、

高校に通いながら、本の装丁とか勉強できたらいいな。

 

大学は京都市内の大学に通う。

 


ここまで半分眠っている頭でふわふわと思い描きながら

「私、京都にくるんか(しかも随分と早く)」と、自分でハッとなった。


バスケ部に入って体力はついたと思うけれど

美術部に入って、放課後絵をかけたり、ヘンテコな先輩の圧を感じずに過ごせたら

そのほうが楽しそう。


そして、自分が娘に関わる時には

娘がどうしたいのかをまず聞くようにしよう、と思う。

子どもの頃は、ぽ〜っと生きていて、選び方を知らなかったから

「こうしたほうがいい」とポン、と言われたことを

その意図も知らないまま鵜呑みにするものだな、と思い返す。



大学は、自分の通った大学もとても楽しかったけど

京都の大学生を見ていると、河原で本を読んだり、お酒を飲んだり、楽しそう。

本屋も喫茶店もたくさんあって、自然も近く、いい場所だと思う。



自分は今、豊かな場所に暮らしているんだな、と感じる。



一方で、埼玉にいた頃に楽しかったのは

何もない市内に、一軒の喫茶店ができたことで

そこに人が集って、豊かな時間が流れ始めたこと。

 

文化が育っている土地のめぐみを受けて生きるのも楽しいし

野原に、自らがよいと感じるものを、小さく手作りして、生きるのも尊い。



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