外へ出れば、金木犀の甘い香りが空気にしみていて
すーんと遠い、澄んだ気持ちになる。
娘に「金木犀の香りがするね」と話しかける。
でも、この匂いがなんの匂いかなんて知らなくても
香りはきっともう、彼女に届いている。
そういう、そういう、積み重ねで
秋がくるとつーんと、いろんな記憶が煙のように、
見えるような見えないような、瞼の裏側に
浮かんできたりするんだろうって思う。
娘は、この頃ときどき「ははっ」と声を出して笑うようになった。
どことなくぎこちない「ははっ」がかわいらしくて
聞けると嬉しくなる。
首が座って、彼女自身が、自分で動けたり
興味を示したりできるようになってきたから
彼女の反応をみながら、次はこうしてみよう、ああしてみよう
という動きが出てきて
ここ数ヶ月の「これでいいのかな?」と不安でいっぱいだった時期が
終焉を迎えつつあるような。
そう、それから、ある時から
自分への問いかけを変えた。
「これでいいのかな?」と心に浮かぶ時、
いいか悪いかなんて、誰にもわからないし、外側に答えを探しても見つからない。
見つからないから、問いが浮かび続けて、心が彷徨っていく。
「これでいいのかな?」と思うということは、
何かが引っかかっているということ。だから問いの向きを自分に変えて
「なにを悪いと思ってる?」と尋ね始めた。
すると自分からは応えが出てくる。
「充分に一緒に遊べていないんじゃないかって、不安になる」
とか
「日中、ずっとふたりきりで、私が心細い」
とか。
そうすると、その「わたし」と、わたしは
話すことができるから
「これでいいのかな?」と無限に穴を掘るような感覚が抜けていった。
「充分に一緒に遊べていないんじゃないか」という「わたし」には
でも、今できる範囲の中で、充分に遊んでいるよね、と
声をかけることができたし
「日中ずっとふたりきりで心細い」という「わたし」のために
じゃあ、人がいるところになるべく娘と一緒に出かけようって
提案することもできた。
そうすると不思議なもので
近所の人の優しい言葉に触れたり
新しい遊び場所(児童館や、場所を開放してくれている保育園)」にも出会い始める。
いつでも、(じぶん)のところ、から。
なんだろうな、きっと。
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