2021年2月7日日曜日



今日は、朝
「ひとりになりたーい!」と思い、
夫に娘を見てもらい、ひとり喫茶店でモーニングをした。

喫茶店は娘を出産した産院の近所にあって、
思い立って、モーニングのあと産院まで自転車を漕いだ。

入院していた部屋の窓を見て、産院のベランダに乾されているタオルを眺めた。
それから、
「この8ヶ月頑張ったな〜」
「娘、小さかったな〜」
「大きくなったな〜」
とか思いながら、ゆっくり神社の森を抜けて、
パン屋さんでパンを買って、また家に帰った。

橋を渡って、久しぶりに川を見る。川を見るとホッとする。

娘はとってもかわいい。
でも当たり前だけど、言葉にするととても表面的で、
本当に彼女を前に感じていることは、何かあたたかなもので、
それの名前を、私は知らない。


そして、
彼女を見ながら「この子は誰?」って、ふとふと思ってる。


わからないまま、目の前でどんどこ大きくなって、
この頃はなんでも手に持って「いないいないばあ」をして笑っている、
ちいさなたくましい生きものよ。




最近は少し暖かくなってきて、夜がきらきらしてる。

春の予感が混じってくる夜は、
花の匂いがして、
空気の粒が光っているみたいで、
とてもきれいだな。


夕方、そんな空気を感じながら洗濯物を取り込んでいたら、
コロッケが食べたくなった。



揚げ物が食べたくなる、春の不思議。
昨年はお腹の中にいた人が、今年は出てきている不思議。
3人暮らしになった不思議。


自分は10トンくらい持てる人間だと思い込んでいたけれど、
娘が生まれて、本当に私が持てるのは、葉書1枚くらい。
自分のキャパの小ささを教わった。


でもそれは、新しい切符だった気もする。
「助けて」って言う。ということを、教わった。
それから、休むこと。


思えば、地球だって、明るくなったら、暗くなるようにめぐっていて
「休みやすい」ように、場はととのえられている。
とはいえこの頃、夜泣きが始まった娘は、
何度も夜起きるわけで、
ととのえられた場に従って、
ゆっくり休めるわけでもないけれど、

1年前はずっと、真っ暗な中にいた彼女が、
ほんの数ヶ月で、
朝をおぼえて、風をおぼえて、
鳥が鳴いたら空を見上げるようになって、
彼女の世界に空が生まれたわけで。

とてもまとめきれない、そんな日々を滑走中です。



そして彼女の夜泣きにわたしは、ヒーッとなりつつ、
体の一部が触れ合ってると安心するのか、
手を伸ばしてきて足を伸ばしてきて、
わたしの鼻やお腹に触れてまた眠るその人を見ると、
「よく出てきたね」と、やっぱり思う。
 
わたしはこの星に慣れたかもと思えるのに35年はかかったけど、
まだまだ未知を歩いてる。
 
かつての故郷(わたしのからだ…故郷というより、中継地点かもしれないけど)
に触れたくなるのは
彼女が母体からいよいよ離れて、
ひとりで地上に着陸きめようとしてるからのようにも、思えて、
わたしよりよっぽど、果敢なたくましい人に思える。
 
またまた、まとまらない。徒然現在地。



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