2020年1月24日金曜日
ここ数日、
朝食の食器を洗う前に
台所で野菜をさくさくと切り、水と一緒に鍋に入れて火にかける。
お味噌汁を作るときは、出汁パックも一緒に入れて
野菜が柔らかくなったら火をとめる。
スープを作る時には、そのまま味付けまでして置いておく。
火にかけているうちに
野菜を切る時に使った包丁とまな板も、朝食の食器と一緒に洗って片付ける。
まだもう少し、野菜に火が通るのに時間が必要なら
床にクイックルワイパーをかけたり
洗濯物の様子を気にかけたりする。
そうして出来たスープ(お味噌汁だったら、お味噌を入れる手前までのもの)は
晩のおかずになる。
朝の自分から、夜の自分へのバトン。
それで、日が暮れてからの私は、すこし楽になっている。
日中は黙々とパソコンに向かって作業をしているけれど
夢中になって気づいたら時間が経っていても
汁ものができているから、安心。
自分で見つける、自分のリズム。
誰にも話さない、小さな工夫。
明日は、新しい冷蔵庫がやってくるので
お昼は冷凍庫の水餃子を、湯がいていただこう。
今の冷蔵庫は夫がひとり暮らししている時に使っていた、
小さな冷蔵庫。
冷凍のストックをもう少ししたかったり
作り置きができるように、
赤ちゃんがやってくる前に、もう少し大きなものに変えることになった。
最近、台所に立ちながらふと
大阪でひとり暮らしをしていた時の小さなワンルームを思い出す。
カセットコンロを置いて、ご飯を作っていた日々。
何もかもが最小限だった。
でもひとりだったらなんとか、くるくると回すことのできた
冷蔵庫も、炊飯器も、おふとんも何もかもひとつの部屋に集まった
小さな暮らし。
ふたりで暮らすことになって
台所はぐんと広がった。
引っ越してきたばかりの時、「魚焼きグリルで、魚を焼ける」と夫は喜んでいた。
ひとり暮らしの時は、夫もひと口コンロを使っていたから。
ひとりから、ふたりになると
こんなに景色は、広がるんだ、と思った。
洗濯機と、ものほし竿と、クーラーの室外機でぎゅうぎゅうだった
ひとり暮らしの部屋の小さなベランダ。
今は、ゆうゆう、洗濯物をほせるベランダに。
冷蔵庫の話。
ひとり暮らし用の冷蔵庫はしばしばギュウギュウになったけど
ふたりのままなら、なんとか工夫しながらこれでもいいね、という感じでいた。
それがもうひとりやってくる、となったら
やっぱり小さくなって
きっと生活が変わるから、
それに備えて少し大きな冷蔵庫を、となった。
一緒に生きる誰かがいることで
自分のいる世界がささやかに、でもみるみると
変わっていく。
昨夜、ふとんに横になったら
赤ちゃんがお腹をけるので
「お、動いてる」と言ったら
夫が私のお腹に手を当てた。
手を当てて夫が話しかけると
お腹の中からぽんぽん、と蹴ってくる。
「聞こえているのかな」
「聞こえているんだよ」
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