2020年5月23日土曜日

 
 
 
 
思い立って
少し遠いスーパーにある100円ショップまで出かける。
 
100円ショップでは、重ねられるワイヤーの整理棚を買った。
靴箱におさまらずに玄関に出しっぱなしになっている数足の靴を
片付けるために。
 
アマゾンで注文していた収納箱もちょうど今日届いたので
段ボールに詰めたままになっていたものや
しまいどころなく棚に積まれていたものを
その箱にしまう。
 
部屋に段ボールがあるのは倉庫みたいでなんだか悲しい。
それを片付けられたので、ちょっとホッとした。
 
 
スーパーへ向かう途中、神社に立ち寄って
その神社で前に買ったお守りをお返ししてきた。

買ってから少し時間が経っていて、
もう充分に守っていただいた気がしていたから。
お詣りしてお礼をお伝えしたら、気持ちが落ち着いた。
 
 
先日も思い立って
フライパンやお鍋の底の焦げを金だわしで落としたり
読み返さないと思った本を段ボールに詰めて古本屋さんに買取してもらったり
ずっと旧姓のままだったクレジットカードの名義変更をしたりと
 
なんだか自然と体が
片付けたり、ととのえたり、そんな方向に向かっている。
 
 
 
 
出産前に
気になるところをととのえたいという私の動きな気もするけど
計画的というよりはもっと、体が動いてしまう、という感じなのが不思議。
 
ピカピカの新しい魂の人がやってくるのに合わせて
場自体がととのおうとしていて、私はそれに自然と動かされているような
こっちの方がなんだかしっくりくるから
そういうことかな、と思ってる。
 
新しい人がやってくるって
それくらいひかりも影響も、強いことだと思えるから。
 
 
 
もさっとしてきた、後ろ髪も切った。
美容院へ行くのを控えていて、自分で後ろ髪を切るのは3度目になる。
ためらいもなくなった。
 
また美容院で綺麗にととのえてもらいたい気持ちもある。
同時に
自分で自分の髪を切ることができる、ってわかって(たとえ上手ではなくとも)
心がすごく、自由になった気がする。

襟足の伸びた髪の毛が気になった時
誰かに切ってもらえるまで、じりじりと待たなくてもいい。
右手にハサミを持って、自分で切ることができる。
 


 
朝、胃の調子が悪いと夫が言っていたので
今晩はうどんかな、と思っていたら
「今から帰りまーす。うどんじゃない物食べれそうです」
と夫からラインでメッセージが入ったので
ひとまずお米を炊いた夕方。

昨日、美味しそうなズッキーニを買っていたので
ズッキーニとじゃがいもと鶏肉で炒め物を作った。

ベランダの鉢植えのローズマリーが
この春から急に元気になったので、ローズマリーもちょっと分けてもらったら
おしゃれな味になった。
ズッキーニは瑞々しくて、やっぱりとても美味しかった。

暑いのでお味噌汁は作らずに
小鉢をちょこちょこと足して、軽めのご飯。

ご飯のあと
今日片付けたところを見回り眺めて
満足感を味わい、過ごす。


夫が村上ラジオを聴き始め、村上春樹の喋り声が聞こえてくる。
明るくて、思いやりのある喋り声。
 
様々な場所で、今の状況の中、暮らしている人たちに向けて
あたたかな言葉を置き、
そしてシンプルで優しい選曲をしていく。
 
「大きな変化について話すのは大変だから
小さな変化について話します」というようなことを言って
最近、紙と万年筆を出して、手書きで文字を書いている、ということを話されていた。
 
懐かしい、って言っていたかな。
 
 
私に起こった小さな変化。

よく歩くようになった。
髪を自分で切った。
パンを作り始めた。
 
こんなところがすぐに思い浮かぶ。
 
小さければ、まだまだありそう。
 
ちょっとリストアップしてみようかな。
 
こんな風に変化を書き出すと、3つ並んだだけでも
報道の深刻さとは裏腹に
(もちろん、事実として確かに
悲しい思いをされている方や大変な状況を強いられている方がいらっしゃるということは
念頭に置きながら)
自分の日々には、豊かなことが起こっている感じがしてくる。
 

不思議と。
 






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