風がとおった !
娘を寝かしつけてから、一緒に眠ってしまっていたのを夫に起こしてもらい
ずっと先送りにしていたことをやり
それから、保育園について調べてみた。
娘を保育園に預けるのに、来年の4月から入園させるのが
いちばん入りやすいらしく
そのためには11月に願書を提出する必要があって
気付いたら今のうちに、保育園の見学を始める必要がある。
考えていたら、それが現実なのに胸が苦しくなってくる。
娘を来年の春には保育園に預けることを思うと寂しくなり
保育園に預けるために、自分が仕事を始めることを思うと不安で心が縮まる。
それを夫に話すと
夫が
「ひとりじゃないよ。俺も○○ちゃん(娘)もいるよ」と言ってくれる。
その言葉を、そのまま聞きたいと思うけれど
「心が殻にとじこもろうとしてて、入ってこない」
と言う。
心に薄い砂糖の衣のような殻が、ぴしぴしとかぶさっているみたいな感じがした。
それでも、夫と話していて
夫の言葉も聞いているうちにふと
「パートで働いてその先に、お店をやる」というイメージが湧いて
夫に話した。
そのイメージが浮かんだ瞬間に心がパッと明るくなって、すっと軽くなった。
それから夫に
「お店って何?カフェ?」と聞かれて
コーヒーはある感じがするけれど、カフェではない。
もっと小さくて、灯台みたい。本が見える、これは何屋かな
と思っているうちに
あぁ、言葉のことをやろう!と思う。
自分の仕事を作ろう、と思ったら、どんどん心が生き生きしてきた。
夫にその話をしながら
台所に立ってお茶を入れている時に
詩を書いて、その詩に友人に香りを作ってもらって
スプレーボトルに入れて販売する、そんなイメージが湧いてくる。
トイレに行きながら
時々作っていたおみくじカード(言葉が書かれていて、好きに引いてもらう、と言うことをしていた)をもっと洗練した形にして販売しよう
と思いついたり
すると
あぁ、そもそも、いちばんはじめに大阪に引っ越そう、と思った時
大阪の星ヶ丘にある、ソーイングテーブル、というカフェがきっかけだった、
と思いだす。
そのカフェがある星ヶ丘洋裁学校の庭に座っていた時
なんだかとても、そこに「いていい」という感じがあったんだった。
ソーイングテーブルコーヒーという名前をつけたのは
永井宏さんというアーティストで、永井さんの周りにある人々や文化に
惹かれていたことも思いだす。
永井さんがいらした逗子で、リーディングのイベントなんかもひらいていた
根本きこさんのお店、coya
あの場所を訪ねた時の、気持ちよさ。
草の上に、舟が渡っていく景色
台所のすみに、おちる影
私は私の好きなものを、思い出したよ。
私の好きなものが、私の居場所だったよ。
これをやりながらなら
娘を育てていくこともできそうな気がする。
私が私の場所にいるから
娘に寄りかからないで
彼女が彼女の道を歩むのを、見守っていける気がする。
夫とも一緒に、歩ける気がする。
夫が夫の道をいくのを眺めながら
私は私の道をいって
それぞれの道から、手を伸ばして、手を繋いで
歩いていける気がする。
娘の保育園を決めること
引越し先を決めること
自分が京都に住むという気持ちが固まらないまま
(まだどこか、もっと、くらすべき場所があるのではないかという思いを抱きながら)
足もとがかたまっていく感じがこわかった。
でも、今、急にそんな思いもなくなった。
私の居場所は、私の道の上にあって
私はずっと、私の居場所にいたんだ。
見えなくなっていただけで。
好きなことにふれていこう。
ことばのことを、やっていこう。
自由に
のびのびと。
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