2022年3月2日水曜日

 

少しずつ空気が緩んでる
雨が降るのも、寒さでキンと縮まった、空と土をほどくみたいにして。


毎晩、眠るとき
娘と同じ布団に入って、同じかけ布団をかけて眠る。


娘の小さな体はとても暖かくて

夜中、まだまだ3、4回おっぱいをあげるので起きるのは
疲れている時はしんどくて、泣きたくなったり、実際に泣いてしまう日もあったし
いまだにあるんだけど、

小さくて、でも大人よりも速い、寝息を聞いて
つん、と目を瞑った寝顔を「かわいいなぁ」「かわいいなぁ」とずっと眺めていられる。


アルバイト先を今月で辞めることになって

勤務時間外も連絡がきたり対応を求められることが本当に多く
それが当たり前になっていることが
自分で意識しているよりもずっとストレスになっていたみたいで
2月は本当に辛かった。

夜中に起きて涙が出たり、暮らしの中でも気付いたら泣いてたりして、
でもそういう自分が何か間違えているのかもと思ったりしてまた自分でややこしくして
解けないことが苦しかった。

でももうそれも辞めたら終わりだし、もうちょっとだけ、と思ってた昨日
休みだけど、ひとつだけ返信を返そう、と思って連絡をしたら
そこからまたすぐに折り返しの連絡が入ってきたときにもう無理と思って
「もうなんかほんとうに…」と思わず返信してしまって
(無理)と書きたかったけれどそれはできなかった。

そのあとスマホを置いて布団に入ったら涙と嗚咽がバーっと出て
心臓がドキドキドキドキしていた。
心臓がドキドキドキドキなるのを感じながら
同時に、休みの日に答える必要ないし、
やり取りする必要もないとハッキリ感じた。

去年の秋から「休みの日にやり取りすることはできないし、やり取りすることが辛い」と伝えていて、それは1月にも2月にも伝えて、
昨日、返信がきた人には数日前に「夜中に泣いたり、なんでもないときに涙が出る状況でまずい」と伝えていた。



自分もそうかもしれないけれど

人って「大丈夫じゃない」って伝えても

本当に相手が大丈夫じゃない状態を見るまでは

大丈夫じゃないって、認識できないのかもしれない、と感じた。


そして私自身も自分の中に「まだ大丈夫」ってゆるさがあって
自分自身への甘えや鈍感さがあって
自分を守らなかったんだろう。


体が強く教えてくれて、
昨日、乗ってしまっていた流れから思いがけず降りた。



それから布団の中で眠って
起きてからなんだか気になってSixTonesのYoutubeを見たら
めちゃめちゃ面白くてずっと観ていた。
くだらないゲームをして笑ってるのが、おかしくて、癒されてた。



はーあ。



布団の中で眠りながら、

いろんなわからないことがあるけれど
頭で先を見ようとしても、見えないから
今、浮かんでいるところをひとまず、ひとつずつ、行動してみよう


ひとつ行動をしたらまた景色が変わるから
そこで感じる空気を浴びて
また見えるものから始めたらいい

きっとずっとそうやって

見えなかった景色を
見ていくんだ

そんな考えが浮かんできた。

そしてそれはきっとそうだろう。


今できること、

ひとまず
絵を描く。

頼んでいただいている絵。

その絵を描いて、発送しよう。

それが今の私の目の前にあって、見えていること。

その絵を描いて送ったら、
そこにいる自分の視線にまた何か入ってきてるだろう。

何か感じていることがあるだろう。

それはそのときに。
見えなかったらまたそれはそれで、まぁ、のんびり。



そうそう、娘っこもこの頃
「のんびりする」って時々言う。

のんびりする、って言いながら、
私にぺたりとはりつくように、くっついて。

まったりまったり、とおじゃるまるのテーマソングまで歌ったりして。



2022年1月23日日曜日

年末年始
夫の実家、私の実家と続けて帰って過ごした。

妊娠中にコロナが流行って、出産2ヶ月前に帰省したのを最後にずっと帰っていなかった。
産後初めて、娘を連れてそれぞれの実家へ。

家族や友人と過ごす時間が本当に温かくて
心から安心していられて
あぁ、この2年、本当に頑張ったし、ずっと心細く寂しかったなと振り返った。

(もちろん、娘がわたしと夫の間にやってきてくれたことは本当にありがたくて
同時にこの2年は知らなかったよろこびを、たくさんもたらしてくれた)

夫も一生懸命で、私も一生懸命で
自分がつぶれてしまったら、このちいさなひとを、どうしよう

と、いつも肩に力が入っていて。

実家での時間は、そんな自分を包んでもらっているような安心があり

(もう、こんなに、頑張らなくていいな)

と思った。
こんな安心の中で、笑って過ごしたいし
娘にも、安心して笑っている人たちの中で育ってほしいと思った。

そして実家から戻ってきて、夫と折りに触れて
これからどうしていきたいか、話してる。

と言っても、なかなかゆっくり話せる時間もないのだけれど
(夜は寝かしつけと同時に寝落ちしてしまう)
それでも、時間を見つけて、話せるようになった。


「どうしていきたい」が、見えるようにもなってきたんだと思う。


そんな中で、自然といろんなことが起こり
アルバイトはひとまず3月まで。
(辞めると切り出すタイミングが、向こうからやってきた)

そのあとは、他の仕事もするかもしれないけれど
私は、自分で仕事を始めることにした。

それは、「自分のやりたいことをやる!」みたいな気持ちではなくて
これからどんな風に生きていきたいか

夫がいて、娘が育っていく中で
どんな環境だったら自分も機嫌よく安心していて
家族で楽しくいられるだろうか、
人のあたたかさに触れながら暮らしていけるだろうか、
ということを想像したときにやってきた、今までとは違う場所から生まれてきた新芽。


すーっといろんなことが起きてきて
わたしは、余分な力が、どんどん抜けてきている気がする。


そしてこの週末は、みんなで近くのホテルに泊まる予定でいたけれど
娘の通う保育園で、感染症にかかってしまった子がいて急遽延期。

私も夫も仕事を休み、娘はPCR検査を受けて結果を待っている。


今までこんな身近になかったから
「本当に流行ってるんかな〜」とふと思うくらいだったけれど…。

でも、かかってしまった子も今は体調が快復しているみたいだし
私たち家族も元気。

そして、私は自分がかかること、家族がかかること、身近な人が感染することを
ずっと避けて、どこかいつも緊張しながら暮らしてきたし

身近なところで感染が起こったら
少なからず差別心が生まれてしまうのでは、という不安もあった。
(感染した人をこわがったり、責めてしまったり)

でも保育園から連絡をもらってから自分にやってきたのは

かかってしまった子の回復を祈る気持ちだったり
ご家族はお子さんへの心配に加えて周りに申し訳なくなる思いがあるだろうな…と思い
そんな風に思う必要は全然ないな、という思いだったり

みんながこの2年気をつけてきたことをあらためて実感する気持ち
(だからこそ身近に起こらなかった)

こんな大変な環境で、保育園の先生方が毎日気を配り、感染に気をつけながら
それでも子どもたちには負担がいくのを極力さけ、日々が楽しいものであるようにと
ご尽力くださっていたことにあらためて気づいて、感謝する気持ちだった。


みんなが、意識的に、無意識に
お互いを守りあってきたんだ。真面目に、マスクして。手を洗い。集まりを避け。
自分たちが何を避けているのか、その本質も、わからないままに。



感染症の実態はそれでも今の私にはわからないし
情報もたくさんあり、意見もたくさんあり

研究者の意見から、お医者さんの意見から、陰謀論と言われるものから、
どれが本当か分からなくて
政府の対応もベストには思えないけれど、ベストが何か私には分からず、
でも絶対に背景にものすごく頑張っている人たちがずっといて、

そんな状況で
もしかして私がずっと怖かったのは
いざ感染が近くなったときに、自分が他者や自分を攻撃したりするのでは
という、自分の感じたくないものに触れることだったのかもしれない、とも思えた。

それが実際には起こらなくて、私は気が抜けた。
むしろ、周りの人たちへの敬意だったり、感謝がやってきたのだった。


なんとなく、新しいフィールドに今、立っている気がする。

かかるか、かからないかとか
あれか、これか

みたいなところと、全く違うところ。

ここに地面があったんだ、というような気持ち。


目の前の新大陸

うやうやと ゆっくり たしかめながら 足を運んでみる。


これは誰かが与えてくれた「正解」ではなくて

わたしの前に今やってきて
わたしが今、感じて触れているもの。

2021年12月25日土曜日

 

クリスマスイブ

平日だから、娘は保育園で
夫は仕事、私もアルバイトがあった。

アルバイト先はデパ地下の和菓子コーナーの中の焼き芋屋だから
ケーキ屋さんの賑わいを横目に見る感じで時間が過ぎていった。
とはいえ年末でもあるから、
年始の挨拶用だったり、帰省の際のお土産を探している人たちもいて
発送の受注を受けたりとなんだかんだとそこそこ忙しい。

忙しい合間に、お芋が美味しく焼けるとそこで心が癒される。

男子高校生が3人やってきて
ひとり1本ずつ小さめのお芋を選んで買っていったのがとても可愛らしかった。
3人で分けられるように1本おまけをつけた。

ここのところは人が足りなかったから残業をして、
保育園のお迎えぎりぎりに帰っていたけれど
それだと昼ごはんも食べていないし、ひと息つく時間がどこにもなくて
休みがないことの積み重ねで耐えていたものは
プラスでちょっとの負担がかかってきたときに、どしゃ〜っと爆発する。
無敵じゃないし、体力も無限じゃないから、こういうことはもうやめだ。
(なんで最近イライラしていたか今わかった)

今日は15時きっかりに上がってきた。気分がいい。


帰りの地下鉄ではばななの短編集を読みすすめて。


電車を降りて、自転車を拾い、家まで帰る途中、スーパーに寄って
クリスマスプレゼントを包むための包装紙やリボンを買う。
 
家に帰ると玄関先に注文していたものたちが届いていた。

娘の絵本と新しいシーツ。


娘は保育園にサンタクロースが来てくれたみたいで
迎えにいったら「サンタさん、外にいっちゃったね」(みんなにプレゼントをくれて帰っていった)
と繰り返し言っていた。

クリスマスパーティーは明日する予定だけれど
なんとなくクリスマスっぽいこと、と思い
冷蔵庫にあったカブでポタージュスープを作り、ハンバーグも作って晩ご飯。

娘がスープをこぼしながらもぐびぐび飲んでくれて嬉しかった。
夫もスープもハンバーグも美味しいと言って食べてくれた。

お風呂に入って寝かしつけをしたらそのまま眠ってしまって
夜中に起きて、いそいそと娘のクリスマスプレゼントを包む。

夫にも秘密で用意していたものを包み、
自分に何もないのは寂しいな、と思い、何かないかなと探して
注文して届いたけれどまだ封を開けていなかったアロマオイルを包み
3つ枕元におく。

乾いていた洗濯物をごっそりとたたんで片付けて、今日が終わる。

まだ眠るのはもったいないから
お菓子を食べながらお茶を飲んで、これを書いてる。





サンタさんは空を飛んでいるかな。






2021年12月23日木曜日

 

吉本ばななさんの新作が出ていると知って
アルバイトが終わったあと、本屋さんに駆け込む
(アルバイト先は繁忙期だから少し残業して、
娘の保育園のお迎えが迫っていたから本当に駆け込んだ)

駅の構内にある本屋さんへいくと見当たらなくて
店員さんに声をかけたら検索してくれた

「ここにはない」と言われて「取り寄せたら明後日」と言ってくれたけれど
また走って、少し離れたところにある別の本屋さんへ行くと
新刊の棚に2冊残っていて、1冊手にとってレジへ向かった。

それは一般的なハードカバーの本とちょっと形が違ってて(真四角に近い感じ)
ばななさんが今まで出した本の、パトリス・ジュリアンさんとの往復書簡本
「News from Paradise」をパ〜っと思い出した。
あの本、好きだったなぁ。ばななさんがお子さんを出産されたばかりの頃の。
あの本を読んでいた時の空気感まで、今身近に迫ってくる。


レジで接客してくれた店員さんは

「形が少し特殊なんで、カバーを折り直しますね。少しお待ちくださいね」
と言って、本に合わせて書店の紙カバーを降り直してくれて
「パッと折り直したから、もし気になったらまたおうちで丁寧に折ってみてください」
と言って渡してくれた。

本を抱いて改札を抜けて、やってきていた地下鉄に駆け込んで
席に座って早速本を開く。

短編集。

家の最寄駅に着くまでの間に
はじめの1話を読み終えた。


なんてことのない話のようなのに
ふわぁ ふわぁ と よきものが入ってきて
読み終えたあと、じんわりとして、涙が出てきた。





2021年12月17日金曜日

 

今朝、娘を自転車に乗せて
娘の体に薄手のブランケットを巻いている時
(ここのところ朝は寒いから、保育園へいく時はいつもそうしてる)
娘が私の顔を見つめてるので見つめ返すと

娘が口もとを 言葉を探すようにしてもごもごっとしたあと
不意に
「いつもありがと!」と言った。

私は驚いてしまって、なんて返事をしたか思い出せない。

いつもって?ありがとうって、毛布のこと?

驚いた。

1歳半の娘。ちいさな体の中に
当てはまる言葉が見つかれば出口になって出てくるような
たくさんの気持ちがあるのかもしれない。

娘の発する「ありがとう」はとてもかろやかで
ぱっとひらいた花みたいな
不意に差し込む光みたいな感じで

発された瞬間にふわっと消えてる

寄りかかってこない

その瞬間から少しもはみださない

ありがとうはこちらこそだよ


2021年11月29日月曜日

 

ここ数日、早朝に夢をみて目が覚める


3日前に見た夢の中で

わたしは仕事に遅刻していて(介助の仕事をしていることになっている)
利用者の方に遅刻の連絡をしなくちゃ、と思いながら向かっていると
相手から電話がかかってきて、
「すみません!今向かっています」と言うと
相手の人は困ったように笑って
「わかりました」というような返事をくれた。

おぼえているのは、「では失礼します」「はーい」「はーい」と
最後に「はーい」って言葉を交わし合ったこと。

起きてから、電話で話していたのは
先日、亡くなっていたことを知った地元の友人だったと気づく。

もう一度会いたかったなって思っていて
会えなかったなって思っていて
夢の中でもわたしは遅刻していたから間に合わなかったけれど

だけど、なんだか本当に話せたような気もして
だけど夢で、夢だけど、嬉しかった。




2021年11月20日土曜日

娘と鴨川に遊びに行った夫が、
娘が拾った石と自分が拾った石を持ち帰ってきて以来
石の図鑑を注文して買っていたりして
なんだか石にはまっている様子。


川も上流に行くと石の質が変わって、真新しく珍しい石が出てきたりして
先日は電車に乗ってちょっと離れた町の河原まで石を拾いに出かけていた。

夫が集めて並べている石を見ると、いろんな表情をしていて確かに惹かれるものがある。

娘は夫が石を置いている棚に隙あらば近づいて、自分の手のひらで包める
小さな石をいつも2つ3つ持ち出している。

 

私も夫に付き合って、少し石拾いをしてみた。

無数にある石の中に、確かに、あ、いいな、と惹かれるものがあるのが不思議。
そしてそれは、そんなに多くない。
色や形、惹かれるところはそれぞれあるけれど、
言葉にしきれない雰囲気のようなものにも惹かれている気がする。

なんとなく他の石とのバランスを見て、この石も一緒に並べたらいいかもな
くらいの理由を持って、本当に惹かれているわけでもない石は
家に持ち帰った後、やっぱりなんだかしっくりこなくて
石拾いに行く夫に預けて、また河原に返してもらった。



2021年11月3日水曜日

 

ベランダの空になっていたプランターにパンジーをいけた。

娘に、「お花にお水をあげよう」と声をかけて
ぞうさんジョーロに水を入れてベランダに一緒に出る。

娘の手に、私の手を重ねて、一緒にジョーロからお水をあげた。


今朝、お花にお水あげようと思った時に家を出る時間が迫っていたから
娘と一緒にと一瞬思ったけど、えーい、私があげちゃおう、と思い直して
ジョーロに水を入れて「お花にお水あげよう!」と言ってベランダに向かった。

そうしたら、娘が後ろからついてきたので
結局一緒にベランダに出て、また一緒にお水をあげた。

嬉しそうに娘が笑っていたし、私も嬉しかった。
お花も笑って見えたらから
「お花が嬉しそう。笑ってるね」って、娘に声をかけた。



2021年11月2日火曜日

 

午前中だけアルバイトへ。

一緒に入っていた大学生の女の子と一緒に
明日から始まる企画のディスプレイの準備をする。

ずっとディスプレイを担当していた社員の女の子が辞めてしまい
色々手が回っていないみたいなので、
店頭でせっせと折り紙を切ったりして手作りする。
思いつくまま作ってみたけれど、一緒に準備していた大学生の女の子が
「めっちゃいいですね」「めちゃかわいい」と
作りながら声をあげてくれるので嬉しかった。


「すごい!こういうディスプレイとかのアイデア出す仕事してたんですか!?」
と言ってくれたので
「それはないけど、好きなんだ。子どもとこれから工作とかするのも楽しみ」
と答えた。

「え!お子さんおいくつでしたっけ。1歳。じゃあまだハサミとか使えないか」
と言われて
「ハサミはまだだけど、お絵かきはできるから、前にこんなの描いたんだよ」
と、スマホの写真ホルダーから娘が絵の具やクレヨンでお絵描きしたのを見せたら
「やば!才能が!」
と褒めてくれて、また嬉しかった。



3時間だけ働いてお昼にあがる。嬉しい。

帰ったら朝の食器を洗って、洗濯物。夕ご飯の支度もあるけれど
それらを全部、のんびりゆっくりできるのが嬉しい。

ご飯もいつもばばばと作って、それはそれでいいけど
ばばばと作ったものって、やっぱり、ばばばって味がするんだよな。


のんびり作ったものは、色々ちゃんと、充分にできて
そういう味がする。


どっちがいい悪いじゃないんだけれどさ。

ばばばって作って美味しいのできた!って満足感もあるんだし。
(でもばばば!ってものは、食べるのもばばば!になっちゃうんだよなぁ、なんか)


と書いてたら、娘のお迎えまであと2時間だ。

さて、今日はかぶを炊こう。


2021年10月31日日曜日

 

気持ちのよい秋晴れ

娘と一緒に公園へ。
近所の小さな公園へ行きたいな、と思い浮かんだけど
娘にどこの公園行く?と聞いたら、いつも行く大きな公園の方向に歩き始めたので
そちらまで。

途中のお寺に立ち寄って、石を拾って遊んで、
また思い出したようにお寺を出て公園を目指す。

公園に着くとすたすたと自分で入り口から入っていくから
「あぁ、ちゃんとここを目指していたんだ」と思い
彼女の中に地図ができていることを感じる。

娘が大好きなブランコ。
小学生くらいの女の子たちが遊んでる。
娘はブランコのまわりをぐるぐる。でも順番がこなさそうだったから
娘に「他の公園に行ってブランコしよう」と声をかけたら
大人しくブランコの周りを離れて、抱っこしてよっせよっせとはじめに行こうと思いついた小さな公園へ。

なんだかいつも、時間がとまっているような
いい場所。箱庭のような小さな公園。

誰もいなくて、ブランコ乗り放題だった。
娘は何度も「もっかい」「もっかい」と言って
たくさん乗った。

とても静かな中、鳥の鳴き声が響いて

「鳥だね」と言ったら、むすめも「どり」「どり」と言っていた。

滑り台はずいぶん高かったけれど、ひとりで階段をのぼってスーッと滑り降りていた。

階段をのぼる途中で
階段をのぼる音が響くのが面白くなったみたいで
手でパンパン叩いていた。

何をしていても、何かに興味を惹かれて、楽しんでいる。


お昼ご飯の時間になって家に帰ると、夫が肉野菜炒めを作ってくれていた。

炊き立てのご飯と一緒に食べて、美味しかった。

夫がついこの間ネットで注文していた金山寺味噌が美味しくて
「あれ食べたいなぁ」と思うも、なんとなく遠慮していたら
夫から「金山寺味噌も食べる?」と聞いてきてくれて嬉しかった。

金山寺味噌も炊き立てご飯と、美味しかった。

ご飯の途中で娘が眠たくなってぐずって
一緒にお布団に入って寝かしつけ。
途中で休日出勤になった夫は会社へ。

娘が寝ついてから食卓に戻ると、
肉野菜炒めやご飯にラップがかかってそのまま置いてくれていた。

それを静かに食べる。

娘の寝顔はかわいい。
風邪をひいて鼻が詰まっているから、時々いびきみたいなのが聞こえる。

日差しが強くて暑いくらいになったから
窓を開けると風が気持ちよく流れてきて
幸せだった。


2021年10月17日日曜日

 

野外でフリーライブがあると夫が話してくれたので
夕方から家族3人でバスに乗って会場まで出かけた。

虫の声や、こどもの甲高い声が混じるオーケストラ。

暮れて行く空に音楽がたちのぼっていく。

スターバックスのテラス席からも舞台が見えたから

アイスラテを買って席に座りながら見た。


娘もじぃっと舞台を見たり、なんだか楽しそうにしていて
途中からは私や夫と手を繋ぎながら、会場の周りをトコトコと歩いて遊んだ。
 
暗い中踏む芝はいつもよりも柔らかく感じた。

2021年10月7日木曜日

 


毎年、手帳を買う。
それぞれの手帳に惹かれるものがあって、使ってみたい機能もあったりして
新調するのだけれど、なんとなく「充分に使った」という感覚なく
いつも空白ページが多くなっていき、しだいに開かなくなっていってしまう。
 
そんなことを数年繰り返して
今年は、自分が「こうだったらいいな」と思う手帳を自作してみようと思いついた。



















ちょっと前から自覚していたことがあって
私は本にカバーをつけると、なぜかその本を読まなくなってしまう。
ブックカバーをつけずに持ち歩いて、ボロボロにしながら
何度も手に取りページを開くというのが、好きみたいだ。
こぼしたお茶の染みとかもついちゃうんだけど。。。

だから手帳も、あんまりたいそうじゃない方がよくて
パッと開けて、気軽に持ち歩けるような軽さがあるのがいいみたい。

そして、ズボラなので、デイリーはどうやらいらない。
デイリーがあると、書き込みのない空白がどんどんできてしまって、
そうやって手帳との距離が離れていってしまうみたい。

でも、マンスリーだけだとちょっと足りない。
ウィークリー欄はあって、大まかな時間の流れが見えると嬉しい。

そして、メモやto doリストなんかのページも欲しいのだけれど
それが後ろに纏まってあるよりは、
マンスリー、ウィークリー、その月のto do 、その月のメモ
と、1月ごとにまとまっているのがいい。

そして、開きたいページをすぐに開けること!
インデックスが月ごとについていること。


ノートは見開きの左側に、
卓上カレンダーから1枚ずつ、その月のカレンダーをのりで貼って
右側に、1W、2W、3W…と週ごとの予定が書けるように線を引いてます目を作った。

ネットで新月と満月を調べて、カレンダーを貼った自作マンスリーに書き込み。


またページをめくったら、その月のto doや
自分のやりたいことを書くページ

思いついたこと、記録したいことを書くフリーページを続けて作った。


なんだかすごーく気に入っている。


こんなのがあったらな、って
いつも思っていたもの
作れた。




2021年10月3日日曜日

 

10月

台風も通り過ぎて、秋晴れ。澄んだ空が広がる。
娘と一緒に鴨川へ出かけたら金木犀の香り。
香りの源を探すと見つけた金木犀の垣根。

蕾は閉じて花はまだ開ききっていないけれど
朝の空気を満たすほどの香りのちから



数日前から友人のすすめを受けて、筋トレを始めた。

腕立て3分、腹筋3分、スクワット3分。
力を入れて乗り越えるのではなくて、
圧がかかって力んでいる場所を見つけたら、呼吸でその場所の力みを抜き解いていって
リラックスすることで乗り越えていく、というトレーニングなんだと教わる。
(ロシアの武術がもとらしい)

続けていると、前日と少しずつからだが変わっていて面白い。
 
それに、筋トレって具体的に体を使うから
雑念が入る隙間がなくて、体と呼吸に集中できるから
1日10分ほどでも、この時間が生まれて
ちょっとずつブレていた軸が自分の中心にかえってきている気がする。



おもしろい。

軸が自分に戻り始めると、動きがかわりはじめて

余裕がないと思っていた暮らしの中に、風が流れ始める。
ふと、アロマ を焚いたり
気にかかる部分を掃除し始めたり。