2021年12月17日金曜日

 

今朝、娘を自転車に乗せて
娘の体に薄手のブランケットを巻いている時
(ここのところ朝は寒いから、保育園へいく時はいつもそうしてる)
娘が私の顔を見つめてるので見つめ返すと

娘が口もとを 言葉を探すようにしてもごもごっとしたあと
不意に
「いつもありがと!」と言った。

私は驚いてしまって、なんて返事をしたか思い出せない。

いつもって?ありがとうって、毛布のこと?

驚いた。

1歳半の娘。ちいさな体の中に
当てはまる言葉が見つかれば出口になって出てくるような
たくさんの気持ちがあるのかもしれない。

娘の発する「ありがとう」はとてもかろやかで
ぱっとひらいた花みたいな
不意に差し込む光みたいな感じで

発された瞬間にふわっと消えてる

寄りかかってこない

その瞬間から少しもはみださない

ありがとうはこちらこそだよ


2021年11月29日月曜日

 

ここ数日、早朝に夢をみて目が覚める


3日前に見た夢の中で

わたしは仕事に遅刻していて(介助の仕事をしていることになっている)
利用者の方に遅刻の連絡をしなくちゃ、と思いながら向かっていると
相手から電話がかかってきて、
「すみません!今向かっています」と言うと
相手の人は困ったように笑って
「わかりました」というような返事をくれた。

おぼえているのは、「では失礼します」「はーい」「はーい」と
最後に「はーい」って言葉を交わし合ったこと。

起きてから、電話で話していたのは
先日、亡くなっていたことを知った地元の友人だったと気づく。

もう一度会いたかったなって思っていて
会えなかったなって思っていて
夢の中でもわたしは遅刻していたから間に合わなかったけれど

だけど、なんだか本当に話せたような気もして
だけど夢で、夢だけど、嬉しかった。




2021年11月20日土曜日

娘と鴨川に遊びに行った夫が、
娘が拾った石と自分が拾った石を持ち帰ってきて以来
石の図鑑を注文して買っていたりして
なんだか石にはまっている様子。


川も上流に行くと石の質が変わって、真新しく珍しい石が出てきたりして
先日は電車に乗ってちょっと離れた町の河原まで石を拾いに出かけていた。

夫が集めて並べている石を見ると、いろんな表情をしていて確かに惹かれるものがある。

娘は夫が石を置いている棚に隙あらば近づいて、自分の手のひらで包める
小さな石をいつも2つ3つ持ち出している。

 

私も夫に付き合って、少し石拾いをしてみた。

無数にある石の中に、確かに、あ、いいな、と惹かれるものがあるのが不思議。
そしてそれは、そんなに多くない。
色や形、惹かれるところはそれぞれあるけれど、
言葉にしきれない雰囲気のようなものにも惹かれている気がする。

なんとなく他の石とのバランスを見て、この石も一緒に並べたらいいかもな
くらいの理由を持って、本当に惹かれているわけでもない石は
家に持ち帰った後、やっぱりなんだかしっくりこなくて
石拾いに行く夫に預けて、また河原に返してもらった。



2021年11月3日水曜日

 

ベランダの空になっていたプランターにパンジーをいけた。

娘に、「お花にお水をあげよう」と声をかけて
ぞうさんジョーロに水を入れてベランダに一緒に出る。

娘の手に、私の手を重ねて、一緒にジョーロからお水をあげた。


今朝、お花にお水あげようと思った時に家を出る時間が迫っていたから
娘と一緒にと一瞬思ったけど、えーい、私があげちゃおう、と思い直して
ジョーロに水を入れて「お花にお水あげよう!」と言ってベランダに向かった。

そうしたら、娘が後ろからついてきたので
結局一緒にベランダに出て、また一緒にお水をあげた。

嬉しそうに娘が笑っていたし、私も嬉しかった。
お花も笑って見えたらから
「お花が嬉しそう。笑ってるね」って、娘に声をかけた。



2021年11月2日火曜日

 

午前中だけアルバイトへ。

一緒に入っていた大学生の女の子と一緒に
明日から始まる企画のディスプレイの準備をする。

ずっとディスプレイを担当していた社員の女の子が辞めてしまい
色々手が回っていないみたいなので、
店頭でせっせと折り紙を切ったりして手作りする。
思いつくまま作ってみたけれど、一緒に準備していた大学生の女の子が
「めっちゃいいですね」「めちゃかわいい」と
作りながら声をあげてくれるので嬉しかった。


「すごい!こういうディスプレイとかのアイデア出す仕事してたんですか!?」
と言ってくれたので
「それはないけど、好きなんだ。子どもとこれから工作とかするのも楽しみ」
と答えた。

「え!お子さんおいくつでしたっけ。1歳。じゃあまだハサミとか使えないか」
と言われて
「ハサミはまだだけど、お絵かきはできるから、前にこんなの描いたんだよ」
と、スマホの写真ホルダーから娘が絵の具やクレヨンでお絵描きしたのを見せたら
「やば!才能が!」
と褒めてくれて、また嬉しかった。



3時間だけ働いてお昼にあがる。嬉しい。

帰ったら朝の食器を洗って、洗濯物。夕ご飯の支度もあるけれど
それらを全部、のんびりゆっくりできるのが嬉しい。

ご飯もいつもばばばと作って、それはそれでいいけど
ばばばと作ったものって、やっぱり、ばばばって味がするんだよな。


のんびり作ったものは、色々ちゃんと、充分にできて
そういう味がする。


どっちがいい悪いじゃないんだけれどさ。

ばばばって作って美味しいのできた!って満足感もあるんだし。
(でもばばば!ってものは、食べるのもばばば!になっちゃうんだよなぁ、なんか)


と書いてたら、娘のお迎えまであと2時間だ。

さて、今日はかぶを炊こう。


2021年10月31日日曜日

 

気持ちのよい秋晴れ

娘と一緒に公園へ。
近所の小さな公園へ行きたいな、と思い浮かんだけど
娘にどこの公園行く?と聞いたら、いつも行く大きな公園の方向に歩き始めたので
そちらまで。

途中のお寺に立ち寄って、石を拾って遊んで、
また思い出したようにお寺を出て公園を目指す。

公園に着くとすたすたと自分で入り口から入っていくから
「あぁ、ちゃんとここを目指していたんだ」と思い
彼女の中に地図ができていることを感じる。

娘が大好きなブランコ。
小学生くらいの女の子たちが遊んでる。
娘はブランコのまわりをぐるぐる。でも順番がこなさそうだったから
娘に「他の公園に行ってブランコしよう」と声をかけたら
大人しくブランコの周りを離れて、抱っこしてよっせよっせとはじめに行こうと思いついた小さな公園へ。

なんだかいつも、時間がとまっているような
いい場所。箱庭のような小さな公園。

誰もいなくて、ブランコ乗り放題だった。
娘は何度も「もっかい」「もっかい」と言って
たくさん乗った。

とても静かな中、鳥の鳴き声が響いて

「鳥だね」と言ったら、むすめも「どり」「どり」と言っていた。

滑り台はずいぶん高かったけれど、ひとりで階段をのぼってスーッと滑り降りていた。

階段をのぼる途中で
階段をのぼる音が響くのが面白くなったみたいで
手でパンパン叩いていた。

何をしていても、何かに興味を惹かれて、楽しんでいる。


お昼ご飯の時間になって家に帰ると、夫が肉野菜炒めを作ってくれていた。

炊き立てのご飯と一緒に食べて、美味しかった。

夫がついこの間ネットで注文していた金山寺味噌が美味しくて
「あれ食べたいなぁ」と思うも、なんとなく遠慮していたら
夫から「金山寺味噌も食べる?」と聞いてきてくれて嬉しかった。

金山寺味噌も炊き立てご飯と、美味しかった。

ご飯の途中で娘が眠たくなってぐずって
一緒にお布団に入って寝かしつけ。
途中で休日出勤になった夫は会社へ。

娘が寝ついてから食卓に戻ると、
肉野菜炒めやご飯にラップがかかってそのまま置いてくれていた。

それを静かに食べる。

娘の寝顔はかわいい。
風邪をひいて鼻が詰まっているから、時々いびきみたいなのが聞こえる。

日差しが強くて暑いくらいになったから
窓を開けると風が気持ちよく流れてきて
幸せだった。


2021年10月17日日曜日

 

野外でフリーライブがあると夫が話してくれたので
夕方から家族3人でバスに乗って会場まで出かけた。

虫の声や、こどもの甲高い声が混じるオーケストラ。

暮れて行く空に音楽がたちのぼっていく。

スターバックスのテラス席からも舞台が見えたから

アイスラテを買って席に座りながら見た。


娘もじぃっと舞台を見たり、なんだか楽しそうにしていて
途中からは私や夫と手を繋ぎながら、会場の周りをトコトコと歩いて遊んだ。
 
暗い中踏む芝はいつもよりも柔らかく感じた。

2021年10月7日木曜日

 


毎年、手帳を買う。
それぞれの手帳に惹かれるものがあって、使ってみたい機能もあったりして
新調するのだけれど、なんとなく「充分に使った」という感覚なく
いつも空白ページが多くなっていき、しだいに開かなくなっていってしまう。
 
そんなことを数年繰り返して
今年は、自分が「こうだったらいいな」と思う手帳を自作してみようと思いついた。



















ちょっと前から自覚していたことがあって
私は本にカバーをつけると、なぜかその本を読まなくなってしまう。
ブックカバーをつけずに持ち歩いて、ボロボロにしながら
何度も手に取りページを開くというのが、好きみたいだ。
こぼしたお茶の染みとかもついちゃうんだけど。。。

だから手帳も、あんまりたいそうじゃない方がよくて
パッと開けて、気軽に持ち歩けるような軽さがあるのがいいみたい。

そして、ズボラなので、デイリーはどうやらいらない。
デイリーがあると、書き込みのない空白がどんどんできてしまって、
そうやって手帳との距離が離れていってしまうみたい。

でも、マンスリーだけだとちょっと足りない。
ウィークリー欄はあって、大まかな時間の流れが見えると嬉しい。

そして、メモやto doリストなんかのページも欲しいのだけれど
それが後ろに纏まってあるよりは、
マンスリー、ウィークリー、その月のto do 、その月のメモ
と、1月ごとにまとまっているのがいい。

そして、開きたいページをすぐに開けること!
インデックスが月ごとについていること。


ノートは見開きの左側に、
卓上カレンダーから1枚ずつ、その月のカレンダーをのりで貼って
右側に、1W、2W、3W…と週ごとの予定が書けるように線を引いてます目を作った。

ネットで新月と満月を調べて、カレンダーを貼った自作マンスリーに書き込み。


またページをめくったら、その月のto doや
自分のやりたいことを書くページ

思いついたこと、記録したいことを書くフリーページを続けて作った。


なんだかすごーく気に入っている。


こんなのがあったらな、って
いつも思っていたもの
作れた。




2021年10月3日日曜日

 

10月

台風も通り過ぎて、秋晴れ。澄んだ空が広がる。
娘と一緒に鴨川へ出かけたら金木犀の香り。
香りの源を探すと見つけた金木犀の垣根。

蕾は閉じて花はまだ開ききっていないけれど
朝の空気を満たすほどの香りのちから



数日前から友人のすすめを受けて、筋トレを始めた。

腕立て3分、腹筋3分、スクワット3分。
力を入れて乗り越えるのではなくて、
圧がかかって力んでいる場所を見つけたら、呼吸でその場所の力みを抜き解いていって
リラックスすることで乗り越えていく、というトレーニングなんだと教わる。
(ロシアの武術がもとらしい)

続けていると、前日と少しずつからだが変わっていて面白い。
 
それに、筋トレって具体的に体を使うから
雑念が入る隙間がなくて、体と呼吸に集中できるから
1日10分ほどでも、この時間が生まれて
ちょっとずつブレていた軸が自分の中心にかえってきている気がする。



おもしろい。

軸が自分に戻り始めると、動きがかわりはじめて

余裕がないと思っていた暮らしの中に、風が流れ始める。
ふと、アロマ を焚いたり
気にかかる部分を掃除し始めたり。




2021年9月16日木曜日

だいぶ涼しくなってきた。

真夜中3時過ぎに目が覚める。
娘を寝かしつけるときに一緒に眠るので、私は大体20時半にはいつも寝ついていて
それから、2、3時間おきに娘の授乳が今もあって何度か起きる。

さっき何度目かの授乳のタイミングで目が覚めてしまい
それで布団から体を起こした。

昨日の日中に買った、坂口恭平の本を読み(面白い)
それから、文章が書きたくなってパソコンを開いた。


小さな我が家はパソコンを叩く音が、ドアを閉めても
静かな夜にはちょっと響くので
夜空も綺麗だしベランダに出て今これを書いてる。

虫の声がする。

物干し竿に吊るしたサンキャッチャーが、
パソコン画面の明かりを含んでキラキラ光っている。

ほしも今日はたくさん出ている。
 
 
少し前に引っ越してしまった、隣に住んでいた夫婦の旦那さんが
夜によく外でスマホでサッカー中継を見たり、タバコを吸ったりしていたけれど
それもこんなふうに、眠っている奥さんを起こさないように、というのもあったのかなぁと
心に浮かび、なんとなく優しい気持ちになる。
素敵な夫婦だった。



地元の友人姉妹が、埼玉の美味しいパン屋さんcimaiさんのパンを
我が家に送ってくれて、それが届いたから、明日の朝はそのパンを食べるのが楽しみ。


今顔をあげたら、オリオン座(多分)が見えた。

星って久しぶりに見たけれど、またたくんだなぁ。





2021年9月13日月曜日

 

金曜日の夜明けに娘が熱を出した。

小児科で診療してもらい、咳止めと座薬をもらう。
夜になると咳が出てしんどそうだったので咳止めを飲ませたり
やっぱり熱が下がらず眠れないでいるので、座薬を入れたり。

できるだけ薬を飲まずに自然に…という思いもあるけれど
薬が効いて症状が治っているあいだに
ゆっくり寝ついて汗をかき、熱がひいていくのを見ると
薬の効果をありがたく思う。
 

 
いつも以上に娘とべったりとくっついて過ごした。
くっついていると安心するのだろうか。


台所で食事の支度をしているときに音楽が聴きたくなり
ふと、映画『かいじゅうたちのいるところ』のサウンドトラックを流す。

映画の中で
お母さんが仕事をしている机のしたに潜り込んだ主人公の男の子が
お母さんの顔を覗き込み、お母さんもまた、顔を見下ろして、
男の子の顔を見つめるシーンがある。

初めて観たとき、そのシーンでふっと涙が湧いてきたことを思い出す。
 
見上げるお母さんの顔や
なんでもなくただくっついている感触は今も私の中に残っていて
 
娘と過ごしている何気なく触れ合っているひとときが
彼女にも残っていくのかな、と、時々思う。

台所に立っているといつの間にか近くに娘が来ていて
足もとで何やら遊んでいる光景が日々。



熱は金曜の夜にはさがって
土日ゆっくり過ごしている間に、ちょっとずつ鼻水がとまり
咳き込むのも少なくなってきた。
ほっ。




そう、最近
台所に入ってきた娘が食器棚から小さなお椀やミルクピッチャーを取り出して
何やら遊ぶ姿を見て、
おままごと遊びが始まるかもと思い
小さなままごと キッチンを注文したのが日曜日の朝、届いた。

開封と同時に興味津々の様子で
すぐに遊び始めた娘。


遊ぶおもちゃも変わってきたな、と思いながら
0歳の間に使って、今はもう興味を示していないおもちゃを片付ける。




本当にあっという間に大きくなっていく。


よく握ってなめていたおもちゃは、手放し難くて
整理用の段ボールには入れられず
今はもう遊んでいないのに、現役のおもちゃを入れているおもちゃ箱に戻してしまった。




 
 

2021年9月6日月曜日

 


鈴虫の声。


すっかり過ごしやすくなってきた。

雨続きだったのが、週末お天気が回復してきて

日曜日起きたら、なんとも綺麗な秋晴れ。


静かな水面みたいな深みがある青空に薄い雲がぱっぱっと広がってる。

あー かるい



それで今日は川へ行こう、と思った。



外へ出て、もっと空をみたい、空気を感じたい、と思えて身軽。

まずは娘と一緒にパン屋さんへ朝食のパンを買いに行く。
いつものお店でコーヒー豆を買えず、初めて買ったお店のコーヒーは酸味が強くて苦手と思ったけれど
(酸味が苦手です、と話してオススメされたものだったけれど、やっぱり浅めで酸味があった。お店の好みというか、方向がそっちなのだと思われる)
でもそれも、牛乳を多めに入れたら美味しくなる。

アイスカフェオレと買ってきたおいしいパンの朝ごはん。


それからパッと身支度をして、家族で自転車に乗り、川へ。








2021年9月2日木曜日

9月


8月末から忙しく
それがバッと解けた9月1日。

午前中に祖母が亡くなったと連絡が入る。
103歳の大往生。祖母の声が耳に蘇る。笑うように話す声。
しゃっきりとした人だった。

夕方、娘を保育園にお迎えに行くと
玄関先に虫籠に入った鈴虫がいて、綺麗な鳴き声が響いている。
娘はニコニコ出てきて、靴下と靴をせっせと履いて、先生とさようならの挨拶する。
 
保育園を出て娘を自転車に乗せるときにも鈴虫の鳴き声は聞こえてきた。

不思議とツーっと心に線が引かれるような
切なさが静かに立ち上がる音色だと思った。

ふと切なくなる。

娘のサラサラと細く柔らかい髪の毛に、黄色くて軽いヘルメットを被せ
ペダルを踏み出す。


家に帰って、母とビデオ通話をした。

葬儀のことなどを兄弟で話し合って一通りの段取りを済ませてきた母は
ひと段落した不思議な安堵の中にいるようにも見えたし
まだどこか昂っても見えた。

数日前に母は祖母に会っていて
そこで「数日中に…」と聞いていたとのことだから、覚悟は少しできていたのだと思う。

「お母さんはどんな感じでいるの?」と聞くと
「施設を出るときに、職員さんが全員並んで見送ってくれたときに、ちょっと泣いたね」
と言った。

「ちょっと泣いたね」と言ったその時も
薄ら涙目に見えた。


「おばあちゃんらしい日に亡くなった。9月1日なんてわかりやすい」と母は言った。
「関東大震災の日」とも。

関東大震災を経験している祖母。
そこで父親を亡くしている祖母。

そこに「おばあちゃんらしい」と何か重ねて見ている母。


3月の柔らかい春の季節に生まれた祖母。
9月の、残暑の底にひゅんとつめたい空気を感じる日に、亡くなった祖母。


そういえば、昨日、夕方娘と保育園から出たときに
黄色い蝶々がひらっと飛んできて
「黄色い蝶は秋の蝶、白い蝶は春の蝶って教えてくれたの、おばあちゃんだな」って
思い出したっけ。


鱗雲
ひゅんと涼しい風
黄色い蝶
鈴虫の鳴き声

俳句が好きな祖母なら、歌にできそうなことがたくさん。


私は未熟で
17音に収められない。


「明るい句を詠みなさいよ」と

暗いところ、湿ったところを見がちだった20代の頃
祖母から言われた。

今、その言葉を前にすると「はい」って、まっすぐ言える。
力んだり、ひねたり、しないで。

(よかった)



娘と晩ご飯を食べ、お風呂に入ろうとしたら夫が仕事から帰宅。
お風呂上がりに保育園の鈴虫の話をしたら、夫は「最近よく聞こえるもんな」と言った。
私は「この頃聞いてない」って、園の先生に話したところだったから驚く。

そうだったんだ。




20時すぎ、もう眠るかと思った娘がハイになり21時過ぎまで遊んでから
くたっと眠った。

遊んでいる間、小さなウサギのぬいぐるみを
クッションのかげからひょこひょこ覗かせてみて、
娘に向けてトコトコ近づけ、ジャーンプ、と胸に飛び込ませるのをやったら
娘の目が輝いて、何度もやって、となって同じことを繰り返した。

魔法を見つけたみたいなドキドキワクワクした娘の目。
ウサギのぬいぐるみに、どんな景色を見たんだろう。


心だけを見ていると、深すぎて足場を見失うことがある。
考え事を延々してしまう時もそう。
解決に向かうわけでなく、同じ縁を何度もなぞり続けることがある。
そんな時、不思議と景色は止まったままだ。

外の世界に開いて、感じて、起こっていることに触れていると
世界と意識が交感され、運ばれていくものがあるのかもしれない。


俳句は、みたまま
あるものを詠む歌


内田樹さんが、あるままを並べていくことを、歌だって
祝福だって、ある本の中で語ってらしたことが重なってくる


句をたくさん詠んだ祖母は

心の窓を開いて
世界を見つめ、誉め続けていたのかもしれない。




庭で育てた山野草を
いつもそっと生けていた
たおやかな祖母の手を思う。