インスタグラムでダイエット情報を発信しているアカウントをたくさん見た私
モデルさんのようなポーズで撮った写真を載せているところで
「そういう人だったの?」とどうしても感じてしまう
(動きやすいし、きっと移動中も楽ちんなんだろう)
帰りにまだ乾いていないスカートを
週末から月曜と、娘が久しぶりに発熱してつきっきりだったので
(でも、日曜日の午前中はまるまる夫が看ていてくれた)
火曜日の昨日、娘を保育園へ送り出した後は ほぉっと力が抜けて
ちょっと今日はのんびりしようと、ぼーっとしていた
友人からの電話
距離を越えて ぽんぽん いろんな話をする
ちょうど、数日前に友人と前に書いたショートショートを
読み返していて
「なんだか本当に素敵だ」と
時を超えて今の自分に滲みていて
昨日話したことも あそこに書いたことと
ふっと通じている気がする。と思った。
いちばん近くのスーパーで
「6月6日は梅まつり!」とうたっていたので
午後になって、えいや、と出かける。
いつもの野菜コーナーに どどんと並べられた和歌山からきた梅たち。
3キロ買って帰って
2キロは梅干しに(今年はジップロックで漬けてみよう)する予定。
1キロはシロップにしようと思って
昨日のうちに、氷砂糖と一緒に瓶に詰めた。
氷砂糖と梅の重なりが綺麗で
見ていたらふっと、心がまるくなる。
梅干し用の梅を
手をつけるまで、ひとまずと思って
階段に置いたら
通るたびに やわらかく あまい 梅の香り
神様が、「ちょっと遊んでおいでよ」と
この世界をくれていたとして (この世界を生きる命をくれていたとして)
遊ぶこと
喜ぶこと を どこに見つけるか
なんとなく そんなことを思う
おひさま 土 水 それから人の手を介して
梅の実が渡ってきて
うちの階段で、香ってる6月の今日
明日は、娘の3歳のお誕生日
お休みだった夫と、プレゼントの用意をしたりして過ごす
お昼ごはんをどこか食べに行こう、と話して
京都大学近くの喫茶店へ
学生街の気楽さ
誰もがあちらこちら目指して歩く 気ままな空気
同時に 学んでいるものがある という空気が好きだ
夫がよく通っていたというお店で
気楽で美味しいご飯を食べた
学生と思われるアルバイトの子の気の抜けた佇まいが
なんだかよかった
帰り道に、通りすがりに気になったお店、シサム工房へ
フェアトレードの衣類や雑貨を扱っているお店
ふらりと入ったら、かわいい服がたくさんあって
オレンジ色のブラウスを試着してみた
かわいいけれど、なんとなくしっくりこない
店員さんに「何か探しているものがありますか?」と聞かれて
「白とか黒の服ばかりだから、色味が欲しいと思ったのだけれど
あんまりしっくりこない」と話すと
店員さんが持ってきてくれた藍染のワンピースが綺麗で
着るとスッとする気持ちになった
店員さんが「青が似合うと思った」と言ってくれて
その言葉も嬉しかった
ちょうど、友人が贈ってくれたピープルツリーのバッグを持っていて
バッグからの縁と、服が通じた感じもした
誰かが作ってくれた、その手元の気配がふと感じられる佇まいが
ふんわりと柔らかくて あたたかい
どこから巡ってきたか
何を受け取っているか
通りのよい中をいきたい
そんな感覚が体の中に起こる
ワンピースを買って帰る
夫と嬉しい気持ちを話しながら自転車漕いで
娘3歳
お母さんも3歳
お父さん 3歳
日々の中でふとふと湧き上がる
彼女と会えたよろこび
一緒に生きられる感謝
不思議だな
虹の色層みたいに 並走して
生きられること
何度触れても 感謝
歩く道のり
すこし前 鴨川の土手でぼんやりしていたら
向かい岸で大声で歌っているひと
風にのって聞こえてきたのは 奥田民生のさすらいだった
ずっと、惹かれるもの、惹かれる人の背景に「月」があって
なんだろう、これは
と思っていた
伊江島のラム酒が飲みたいな、京都で買えるお店はないかな
と思って調べたら「月読」というバーが出てきて
これは呼ばれているかも、と思って
(あまりにもその前に月モチーフに触れることが重なっていたから)
月読神社を調べると
近所の神社の中にも祀られていることがわかって
お参りに出かけた
すこし高い階段をのぼったところにあるお社で
初めてその神社へ行った時
「あそこはなんだろう?」と思って見ていたところだった
その時
行ってみようかな、でも少し怖い と思っていたら
雀が飛んできて、陽のさす石段にとまった
「あ、これは多分、行っても大丈夫」
そう思ったけれど、やっぱり畏怖の気持ちが勝って
お参りしなかったお社
よく晴れた朝に、お参りに行ったらスッキリとした
おみくじを引いたら大吉で
これはやっぱり行ってよかったのかも、と思ったけれど
こういうのって不思議だ
何がどうなっているのか わからない
そしてきっと わからないままでいいのだ
・
先日 占いへ行ったら
本来もっとぽわ〜っとしているだけでいいし
計画したりとか本当にできない人なのに
頑張ってそう生きようとしていて、本来の無邪気さが抑えられている
と言われて
なんだか、すこん、と腑に落ちた
占いとかすればいいのに、
もっとスピリチュアルなことしたら
と言われた言葉が残って
さっき久しぶりに自分のためにオラクルカードを引いてみる
女神カードを引いたら
やっぱり月の女神様がどどっと出て
大天使カードを引いたら
いつもは大きな抽象的なメッセージがやってくる印象のカードが
具体的なカードを3枚出してきた
そのうちの一枚はカウンセラーというカードで
背景にやっぱり「月」がある
おもしろい
そして、ぺらりとめくった4枚目のカードは
「困難は過ぎ去った」というカードで
あ、よかった
と思う
・
先日、京都に友人が来てくれて
彼女が行きたいと行った貴船神社へ一緒に出かけた
電車を一本逃してしまって、神社行きのバスを15分待たなくちゃいけなかったはずが
バスが遅れていたようで、神社の最寄り駅に着くなりバスがやってきて
待つことなく乗れたり
お参りしようと本殿の前に立った瞬間に
お祓いが始まって祝詞が詠みあげられたり
「これはなんだか、歓迎されてる?」と
友人と顔を見合わす
こういう時
「呼ばれる」ということがあるんだなって思う
でも大抵
そこでお参りをして何がどうしたかって、目に見えてわかったり
啓示を受けるようなことってないな、とも正直思う
神社に入って、好きだなって思う感覚はあっても
神様のお名前や由来を見て、
それがどんな神様かって、ピンとくるわけじゃない
でもそれも
わからないままで、きっと全部いいんだなって思う
目に見えていないところで
何かがむすばれたり はなれたり ととのっているかもしれないし
そうでなくても
気持ちよくその日過ごせた
そういえば不思議だったな
というままで 人生のほんわりとした思い出になる
そんなことでよくて
そんなことが、いいのかも
のびのびのびた木々
道端の野花
色褪せたカーテン
空き地に残された石階段
人の意識からこぼれた景色に癒されて帰ってきた
家に戻ると娘はすぐに
自分がいつも遊んでいるポジションに座って
お人形遊びを始めた
ほっと緩んでるのが背中を見たらわかる
じじばばのおうちでも思いきりのびのび過ごしていたけれど
ここは”いつものわたしの場所”だね
冷蔵庫を開けたら 夫が買い足した食材があって
それは仕事も忙しい時期だったから
ハムやウインナーのように調理しやすいもの
それから、トマトやきゅうりもあって
ひとり暮らしの夫の晩餐や
休日のブランチは、トマトときゅうりのサラダに
ボイルしたウインナー、スクランブルエッグであること
よくあったなぁと思い出した
それもまた、気持ちのいい感じがして
連休
夫のお母さんとお兄さん家族が京都に来てくれて
一緒にご飯を食べたり散策する時間を過ごせた。
従兄弟のお兄ちゃんお姉ちゃんの間で
のびのび遊ぶ娘の姿が嬉しかった。
鴨川と高野川がぶつかる、三角州のところで
川に渡る飛石を、みんなでポンポンと跳ねて
それから娘が産まれた産院近くの下鴨神社へ
新緑の綺麗な今、みんなで参道を歩けてよかった。
そして、みんなと過ごして
翌朝には娘と新幹線に乗って埼玉に帰ってきた。
祖父母に会うなり笑顔になって駆け寄る娘。
思う存分、笑って過ごせる、私の両親と娘の姿が見られて嬉しかった。
実家の窓から見える夕焼け空も嬉しい。
ちょうど大きな公園でマーケットも開いていて
出店したり遊びにきている友人たちともごそっと会えた。
ちょっと歩けば知り合いがいて友人に会えるこの土地が本当に嬉しい。
素朴なこの土地が好きだ。
帰ってきたいなぁ。
ギターの音 バンドの音の重なりのミラクルに心が躍って
スーパーカーの1枚目と2枚目のアルバムを買い直して聴く。
躍動が体に入ってきたからか
暖かくなって動けるようになったからか
思い立ってyoutubeで「3分間 運動」で検索して出てきた運動を
毎日3〜5セットやり始めた。
初めて運動した翌日はスクワットが効いてものすごい筋肉痛になり
動くたびに「イタタタ…」という始末だったけれど
(しかも筋肉痛を庇いながら階段を降りていたら
つるっと滑って落ちて、お尻を強打した。
すごーい痣ができちゃったけれど、でも蓄えたお肉は
確かに自分を守ってくれていたと、気付かされもした)
毎日続けていると、だんだんと楽にできるようになって
昨日より今日、と体が動くようになっていることが嬉しくて
思いがけず続いている。
きつい動きの時「お産の時こんなだった〜!」と思い出され
(自分の限界を毎瞬間越えていく感じ)そうすると頑張れるのが面白い。
3分間でもうまく体を動かすプログラムになっているようで、汗もかく。
体を動かして汗が流れるということが久しぶり。
汗をかくと気持ちがいい。
股関節を緩めるストレッチというのもあって
漢方の先生に「子宮が冷え切ってる」と以前言われたけれど
これを続けてみたら改善されるかも、と思い
体が動くこと、よいと自分が感じることを
ひとまずやってみよう。
気持ちがよければ、続けてみよう。
そう思って取り組んでいる。
娘が2歳になるまでは、自分のための時間を5分作ることも大変だった。
5分だけなら作れるでしょう、と思えそうな気もするけれど
本当に難しい。それくらい、母子はぴたりとくっついている。
(そうじゃないこともあるかもしれないけれど)
体のリズムもだし精神面も。
寝かしつけた後なら、と思ったこともあったけれど
早々に諦めて、娘が眠った時にはいつでも隣で一緒に眠った。
そうしていると、娘がよく眠ってくれたし
少しでも睡眠を確保して私自身、体を休ませたかったから。
だからこんな風に体を動かそうとは思えなかった。
その時、その時があり
そしてどんな時も(永遠)ではなく
流れ、変化しているんだなと思う。
今、ふと気が向いて
筋トレのようなことを少しずつ続けていたら
1日1日、筋力が少しずつついているのを感じて
今、娘がどんどん動けるようになり
「これからますます動くようになる彼女と一緒に遊べるだろうか」
と、うっすら浮かんでいた不安が
「大丈夫かもしれない。これから、私もまた、体力をつけていくことができるかもしれない」
という、ささやかな希望に変わった。
面白い。
変化はいつも、グラデーションだ。
変わっていることに気づかないまま
変わっていく。
誕生日
目が覚めたら、娘の寝顔
夫の寝息
おはよう、より先に
おめでとう、と言ってくれた
少し前に、air podsのコマーシャルで流れた曲が気になって
調べたら出てきた曲。
(コマーシャルのはカバー曲で、それもよかったけど原曲がまたかっこよかった)