2024年1月29日月曜日

 

夏みかん(食べてみたら、八朔だったのかなと思った)は
無事に氷砂糖と一緒に仕込んで、昨日味見したら素直な味で美味しかった。


娘のオムツは、籠に収納した日から1、2枚くらいしか減っていない。
(失敗してしまったタイミングで、乾いているパンツがなく
ごめん!ちょっとの間これ履いてて!という感じで履かせた。
でもその時も、ほんのり嫌だなって思ってる感じが伝わってきたから
本当にこのまま卒業なのかもしれない。)

 
夜は、布パンツで眠っていて
ここのところは毎晩おねしょをしていました。

体が慣れるまでのことかな、と思っていて
娘にもそう話してきた。

だから大丈夫だよ、って。

「布パンツだから、眠る前には、出ないなって思ってもお手洗いに行かないとだよ」
と声をかけると
「いかない。出ないもん」
と言う。

でも、これも、一度失敗して自分でわかるということが大切なんだろうと思って
トイレに行かずに眠るという経験もした。(その晩はもちろん、おねしょ)

失敗して、ちょっとずつ、
ここ3日は無事に朝まで。

本人も嬉しそう。

 

 

娘が布パンツで眠りたい、と言った時から
シーツは防水シーツに変えていて

それでも掛け布団まで濡れてしまった時もあったから
防水加工のされたおねしょズボンというのも買って履いてもらっている。
(ズボンは、夏は暑そうだから
体が布パンツに慣れてきて、羽毛布団じゃなくなる頃まで)

便利なものに助けられながら。

 


昨日、1歳半になる姪っ子の動画が送られてきて
その頃の娘はどんなだったかなと、写真フォルダを遡って
動画を見てみた。

幼くて、かわいくて、こんなだったっけ。

そうしてスクロールしているうちに
ちょうど1年前の娘の動画も出てきて

動画に映り込んだテレビの映像はミッフィー。

ミッフィー、大好きだったな。
毎日観ていたな。

今、夢中なのはパウパトロール。

それから、ここのところはパンダコパンダ。

ミッフィー観たい、のリクエストはそういえばとんとない。

 

 



 

 



2024年1月23日火曜日

 

お正月に実家からもらってきた夏みかん(「多分、夏みかん」とのこと)

今年はいろんな果実でシロップやお酒を作ってみたいなと思っていて
よし、これで。と意気込んでいるものの、なかなか手をつけられずにいる。

今日、重たい腰をあげられたら。

 

 

昨日は久しぶりに、西宮の友人の美容室まで髪を切りに行った。

 

友人が

「母性は、困っている人に手を差し伸べる力と書いてある本があって、それが腑に落ちて」

と髪を切りながら話してくれて

あぁ、それはなんとなく、わかる感じがすると思いながら聞いていた。

「だから性差関係なく、男にも母性はあるんだって読んで」

 




トイレの棚に娘の紙オムツを置いていて
それを、籠に収納したいな…と少し前から思っていた。

西宮で阪急電車を降りるときに

岡本の駅まですぐだ、と気づき

美容室の帰りに岡本に寄った。

岡本駅で降りるのはもう、6年ぶりくらい。

大阪に引っ越したばかりの時、
宝塚に住む友人が連れて行ってくれた雑貨屋さんがあって

インドや東南アジアの食器類や、籠などの日用品を
すごく手頃な値段で販売している。

訪ねてみたら、変わらない店内で

6年前と同じ店員さんが、同じようにカウンターに立っていた。


籠を手に取り、欲しいなと思っていた家族お揃いの平皿と
ホーローのお椀など、こまごまと包んでもらった。

 

家に戻って、オムツを籠につめ
あぁ、これでトイレがかわいくなった、とドアを開けるたび嬉しい。

 

ところが、夜眠る時はいつも履いていたオムツも

「布パンで寝る」と言い始めたことからすっかり減らなくなっていて

なんだか、次にオムツを買い足すのはいつだろう。

それかもう、買い足すことはないのだろうか。

だとしたら

日が暮れてから明日の牛乳を買いに薬局に行った時一緒に買ったオムツが

最後に買ったオムツということになるのかな。

 

本人は「まだ履く」と言ってもいるから、どうなるんだろう。

 

 

美容室で友人と話している時

「女性は長い歴史の中で虐げられてきたし、歴史とかを残してきたのも男性だから

残っている書物とかもほとんど男性が書いたものしかないんだって」

と、友人は言って

 

でも聞きながら

確かに、社会的な立場っていうことはもちろんあると思うけれど

女性(と大きくいうけれど)の向き合っているものって、
日々変わって日々消えていくものだから

残らなかったっていうことも、あるかもなとふと思った。

 

あれが、オムツを最後に買った日、とか。

ささやかで 泡のようで。


(でも、歌や詩や、小説の中には、女性は何か残してきたんじゃないか。今までも)
 

今日、夏みかんシロップ、仕込むぞ。仕込むぞ。

 


2023年12月16日土曜日

パートを始めた食堂がある、大学の近くは

空気が軽くて
全国あちこちから来た人々が
自分の関心のある学びを深めにやってくる
 
好奇心が気ままに行き交う空気の中
 
ここは息がしやすいと思った
 
 
晴れていれば
自転車で川沿いを走って大学へ向かう
 
食堂で働いている間は
とにかく目の前のことだけ
 
それでも
大体同じ顔ぶれがやってくるから
この人はお味噌汁とSライスとか
少しずつわかってきて
 
あ、今日もいたねって
顔を見たらちょっと嬉しくなったりする
 
名前も知らないけど

どこから来たのかも知らないけど
 
でもこんなことで嬉しくなるんだな

色にならないくらいの
うっすら淡いよろこびが
 
日々にふわっとかかる
 

 

2023年12月6日水曜日

楽しい方へ

  

楽しい方へ



朝、娘を起こすとき
なかなかお布団から身を起こさない

寒くなったこの時期、布団に包まれていたいその気持ちがわかるから

なるべく痛みなく、だんだんと起きられるといいなと思う


一緒に布団に一度入ってゆっくり起こしたり

好きな音楽をかけてみたり

毛布に包んだまま居間まで抱っこしていったり

 

この間は「ホットケーキにチョコレート入れてみようか」と提案すると
「うん!」と言って、ぱっと起きた

 

 

朝起きて、お布団を出た先にいっこ 楽しみがあるといい

そんなことを この頃思う

(お布団の中がだいぶ魅力的なので)

 

 

夫が仕事が忙しくてしんどい時というのは
大抵、私にも負荷がかかってしんどくなる時期で

お互いに、むむむとなることもあるのだけれど

夫が先日ふと「マッサージして」と頼んでくれたから

さすっているうちに、夫の体が頑張っていることもわかるし

緩んでいくこともわかるし

これはいいなぁと思った

 

言葉のコミュニケーションだと

「疲れた」って相手の言葉を、受け取るのがしんどいことが私にもあるし

受け取る余裕がないから、つい相手に対して硬くなってしまうこともある

 

でもそれが、心からそうありたい状態かというと

そんなことはない


できたら自分もゆるんでいたいし

相手にも心地よく幸せでいてほしい

 

娘と一緒に私が眠った後

夫が帰ってくることが続く日々

 

私が少し夫よりも早く起きて

部屋を明るくして、暖めておくこともはじめてみた。

(そして私はまた布団に戻る)


それは、朝、布団から出た先に、楽しみがあるといい

(明るいものがあるといい)

という発見とも繋がってる。


そして娘と夫の機嫌がよかったら

自分も心地よいのだ


家族ってぐるり、繋がっているなって思う



それでも、余裕がないときは

この間いい方法(?)をみつけた

「余裕がなくて 優しくなれない」

というAIのハピネスを 家族の前で手をふりながら歌う


今の自分の状態を深刻と離れて、知ってもらえる。 

そして歌詞が進むうちに

なんか、歌詞が自分に返ってきて、そうだなって思う。


でこぼこ あ いたたって日もある

でもそれもいい

あ 今日はなんか みんな機嫌よかったな

自分も笑って過ごしてたなって日もある

くるりと巡って





 





 

 


2023年11月24日金曜日

机を整理して、パソコンを置いて
目の前の窓 レースのカーテン越しに山の稜線が見える
 
いろんな場所からやってきた
ちいさな 馬の置物 鳥の置物が窓の縁
 
ふと思いついて
先日友人が庭の柿をくれたときの
綺麗な枝1本、捨てるのに惜しくて置いていたものに
麻紐をつけて吊るした

そのうちここに、また何かを吊そう
 
部屋にかけることになった枝を眺めながら

あぁ、こういうことがしたかったなって思った
 
 
 
拾ってきた枝で ささやかなものを作ったり
 
飾ったり 置いてみたり
 
 
 

仕事をしていたら
したから娘が何度も「おかーさん」と呼んでいて

夫の「お母さん、お仕事してるんだから上あがっちゃだめだよ」
の声が聞こえて
 
目処をつけて下の階におりて
 
それからみんなで自転車に乗って

すこしはやい 晩ごはんを食べに出かける
 
 


 

2023年11月23日木曜日

 

文章の仕事で思うところあり
言葉がうまく出てこなくなった

というか、書く流れが止まってしまった(止めてしまった)
 
同時に締め切りは近づいてきて焦ったり
 
”思うところ”を、誰かにふと打ち明けることもできず
自分の中で抱えて時々落ち込んだり
思いを馳せていると「ごめんなさい」とつい口からこぼれたり

それで多分、季節の変化も相まって
久しぶりに暗いところに触れていた

 

夫が2日半家をあける用事があり
風邪の娘とふたり。

自分も風邪をもらって

なんだか一生懸命だった。

 


週が明けて

仕事で兵庫へ。
友人に会って、近頃感じていた仕事の悩みをほろっと口に出せたら
聞いてもらえたことで少し楽になって、それもありながら
前に進もう、と、開きっぱなしだった扉がひとつ閉まった感じがした。


でも、ここのところ多分
だいぶ力んで過ごしていたことと
ちょうど排卵日近辺のホルモンバランスの波を受けて
ずんと心身重たい感じは続いていて

「調子が悪いんだ」と夫に話す。

 

次の休みには、娘を自分が見るから、好きなことしな

 

と夫から言ってもらって

仕事に充てることに。

 

ここ最近ずっとリビングで仕事をしていたけれど
荷物を積みっぱなしになっていた
自分の仕事机の上を整理したら

空気が動き始めた。

 

ここに座ると

いろんな置物や

自分の好きな本やら何やらが目に入って

なんか、「大丈夫」っていう気持ちになる。

 

友人にフラワーエッセンスを頼んだら

調合ボトルも送ってくれた。

リーディングの内容を見ていたら

ここのところの自分がそこに書かれていて

なんだか沁みた。

 


 


2023年11月14日火曜日

問いを立てる

 

娘の進路選びが、難航。

 

少しも考えていなかったけれど

昨年あたりから、いろんな幼稚園の園庭開放へ行ったり

電話ひとつで見学させてもらえるのだから

動きやすい時に、見に行けばよかったんだ。

今になってそう思う。


これは学び。

すっかり忘れる気もするけど
 
娘が中学生あたりになったら
 
いろんな高校、見ておいでって(高校進学希望しないかもだけれど)

見るとよくわかるよって、伝えたい。

 

 

色々見学をして


いいところ
気になるところ

並べてみて
 
ひとつ、いいなと思った近所の保育園に希望を出すことに。
 
でも、保育園は募集人数が少ないから、落ちる可能性も。

 

そうなった時には?
 
いいところ

気になるところ

と並べてみたら どこも一長一短で
わからなくなるのだけれど

ふと

「娘が幸せに過ごせるのは?」と
思うと

視点がくるっと、変わるのを感じた。
 
これも発見。

いいところ、わるいところ、ってみてる時は
向こう側(幼稚園側)をみてる。

それは箱の形をよくよく確かめるような行為で

どこにでも、いいところも、わるいところも、ある。

でも居心地と考えると、また違う。
 
ぼこぼこしてるけど、なかなかいいぞってこともある。
 
 
おもしろい。

問いの立て方で こたえが変わることもあるんだ。



きゅうにぐんっと寒くなって
昨日は保育園のお迎えへ行く時に
ダッフルコートを出して羽織っていった

 

厚いウールも 軽く暖かく感じる季節

 

食卓の下のフローリングに
去年敷いていたカーペットを 昨夜探し出して

今 娘を保育園へ送り出してきたあと
せっせと床に敷いた

目に入るだけであったかい

 

あたたかいが うれしい

 

 

食堂のアルバイトは

4時間みっちり体を動かす

学生や職員さんにどんどんご飯を出して

昼の営業が終わったら、厨房の床やシンク全部
泡だらけにして洗う


日々はすこし、忙しくなったけれど

シンプルで健やかな仕事は気持ちがいい

 

 

数年前、突然、宿泊研修の時の
大人数の食事を作る役割が自分にふってかかったことがある


料理が得意で、今までその役を担っていた女の子が
突然辞めることになって

すごく大変だったけれど

たくさん食材を買い込んで、どしどしご飯を作ることは楽しかった

 

「ご飯作るの好き」って言った時に

「うそだろ」って言われたことがあって

 

わたしの好きは、好きじゃないのかな

と それからずっと 好きが保留になっていた

 

 

たしかに

丁寧な味わいとか

絶妙な味を重ねて奥深いものを作る とか

そんなことは苦手 というか

そこまでの情熱も好奇心もない


でも 野菜をさくさく切ったり

炒めて じんわり汗をかくのを見て

あぁ いま

美味しくなってる って 心がしっとりしたり


それは わたしの「好き」だ

 

 


焼き芋屋さんのカフェで働いているときは

食器を洗う作業が好きだった

 

ごうごうオーブンが炊かれて
油の入った大鍋でフライが揚げられる中

水場にいると落ち着いた

 

食堂のアルバイト、と浮かんだ時

自分のささやかな「好き」と

水場が落ち着く という感覚が頼りになった

 



・・・


この頃 過去のアルバイトのいろんな風景が浮かぶ

 

映画館でアルバイトをしていたときの

フィルムチェックのための夜中の試写会


アルバイトを終えてから 映画を観て 帰ったこと

 

 

電気屋さんでアルバイトをしていたときは

お茶を淹れる機械のタンクに、ゴーっと水を注ぐ作業が好きだった
(それをする時なぜか毎回、汲んできた水を桶に注ぐアフリカの女の子の映像が浮かんだ)

 

コンビニでアルバイトをしているときも

夏限定のフラペチーノみたいなのを作る機械を
洗浄する作業が好きだった

 

・・

 

アルバイト先で身につくいろんなことは

「ここでは役に立つけど、ここを出たら使わないこと」

ばかりに思えて

いつも自分が遠回りをしているような そんな感覚がどこかにあった

 

そういう面も確かにあったのかもしれない

 

 

でも今


今は、「何かのための今」じゃないとも思う

 

体験すること


見ること


感じること


その景色の中の美しさは 後から不意に訪れる

手紙みたいに

そしてほんのり漂ってた「好きだな」って感覚は

時間が経っても ほんのりしたまま よいもののようになって

こっちを見てる



・・・

2023年11月3日金曜日

カレンダーをめくって 11月

むこう側にパタンと閉じた10月は、まだまだそのまま、
稼働中の洗濯機のようにぐるぐるしてる

はぁ


月をまたいだことで

ひと呼吸



今日 娘を保育園へ迎えに行ったあと

交差点で信号待ちをしている時にふと

週に2回だけ営業しているお菓子屋さんの 営業日だと思い浮かぶ

営業時間を調べると17時まで

交差点にいたときは16時45分

 

もう、売り切れて閉店しているかもしれなかったけれど

それでも、と思って向かってみた

 

 

角を曲がってお菓子屋さんが見えると、あ、まだ開いてる。

自転車をとめて 娘と一緒にお店に入ると

タルトがふたきれだけ ガラスケースの中にあるのが見えた

「あ、あった!」


お店の方々はもう、片付けを進めていて

「もうこれしかないんです。すみません。お日持ちする焼き菓子もなくて」

と恐縮されていたけれど

でも、充分。

「あってよかったです。もうないかなと思ってきてみて。今日の楽しみにします」

フルーツのタルト、夫はきっと喜ぶ。


すると、やりとりを見ていた娘が

「チョコレートケーキは」と言い出す。

「チョコじゃないけど、美味しいよ。一緒に食べよう」と言うと

お店の人が

「ごめんね。どんなお菓子が好きなの」と

娘の目線に合わせてかがみながら、娘に尋ねてくれて

娘は「チョコレート」とぶっきらぼうに、小さな声で答えた。

 

 

そんな丁寧な問いかけが

お菓子の味と重なるお菓子屋さん

魔法みたいに 美味しい

 

 

お店を出て、自転車をまた漕ぎ始めても

娘が「チョコレートケーキがよかった」と言うから

「探してみようか」と言って

スーパーを見て、それから、コンビニを訪ね

見つけたチョコレートクリームのロールケーキを買って

 

 

ケーキを食べた、なんでもない日 




 


 


2023年10月31日火曜日

 

幼稚園見学があったり
七五三があったり
ハロウィン運動会があったり

ー娘は、魔女の宅急便のキキになった。リボンをつけて。
牛乳パックと毛糸でほうきを作り、牛乳石鹸の赤い箱で、ラジオを作って。

三重へ展示会のお手伝いへ行ったり


と10月はなんだか
密度が濃く、忙しく
いろんなことがあった

 

そういえば、大学食堂でのパートもスタートしたのだった

ーこれはとてもよい感じのスタートをきっています。
通勤時に鴨川沿いをずっと自転車で走れること。週に2回、1日4時間。
保育園の送り迎えの間に1時間ほど時間を取れ、家事をしたり
ひと呼吸おくことができる。
パートの皆さんは、少し年上の主婦ばかり。
終わった後にロッカールームでお菓子の交換が始まる。
それも楽しい。
(若い時だったら、もしかしたらしんどかったかもしれない。けど、今は楽しい)


高校時代の友人と8年ぶりに京都駅で再会ってこともあった。


こういう星まわりだったんだろうか、10月。


インタビューのお仕事も、いっこ増えた。


あとはフラワーエッセンスを作っている友人のHPも
少し風が入って動き始めていて

楽しいDMのお話もいただいて。



走ってる。


昨日は1日、時間をとって
部屋に掃除機をかけ、たまった洗濯物をごっそり洗濯して乾かして
七五三の写真をデータでもらっていたものを
我が家と、両家の祖父母の分、フォトブック用に編集して
申し込んだ。


追いついていない部分を
調整するような1日にした。


今日はこれから、インタビュー。


なんだか、風の中です。

いってきます。




2023年10月2日月曜日

 

玄関のコスモスが咲いた

ピンクかなと想像していたら思いがけず白で

涼やかに揺れている

見るたびにうれしい

 

 


娘がひょいっと乳ばなれ


本当におっぱい大好きな子だったから
(今も大好きで、触ったり、話しかけたりしている)

おっぱいのやめどきに関しては1歳前からたくさん調べて
たくさん考えてきた

 

 

自分の気持ちとして、できるだけ自然にという思いと

ごはんへの関心の薄さや
私自身の体力との折り合いなど

ちょっとした困難とぶつかるたびに、迷ってきた



確信を持って「飲みたいだけあげよう」なんて思ったことはなくて

できるだけそうしたい、という方向の中で
迷いながら歩いてきた

でもある時から、迷いながらでいいんだ、と思うようにもなった



確信が持てる時には、確信が持てる材料が、
自分や、ふたりの間に
見えたとき

その片鱗が見えないのに、無理やり答えを作る必要はない

 

そういう学びがあった気がする

 

 

このまま進んでみよう、と思う時があったり
やっぱりそろそろ、と迷う時があったり
 

自分自身も
娘自身も

毎日変わっていくのだから

そのたび感じることも変わった


きっとそれでよかった、というか、そういうことなのだった



3歳のお誕生日にやめる、と娘自身が言い始めて

でも実際にはまだ準備がととのっていなくて

お昼寝前に我慢している彼女を抱いている時

「おっぱいという関わりがわたしたちになくなったら」という感覚がふと明るさとともに

一瞬だけやってきた


それで、「その時は、じきに、もうあるのだ。そして、そうなって、もう、大丈夫なんだ」

と信じることができた



そうして、4ヶ月が経って

おっぱいの量もだいぶ少なくなってきて

娘に「こっち空っぽ」とすぐに言われるようにもなり


もうそろそろかな、と思っていた時に

娘のおっぱいへの執着がとっても強くなった


それは、彼女なりに「おわり」を感じた寂しさからだったのかもしれないけれど

なんとなく、あんまりこの時期が長引くのはよくない、心地悪さがあり


ある朝ふと、生姜汁をちくびに塗ってみようと思い立ち

「それが良いか悪いか」と考えるよりも

浮かんだことを実践するだけ、と感じていたから

思い立ったまま行動してみた



すると娘は匂いを嗅いで

「くさい」と言ってたくさん泣いて、泣いて、泣いたあと

自分で気分を変えようとし始めた


好きなアニメを見よう、と言って

外へでかけよう、と言って。


充分に、時期が来ていたんだね、と感じた



自然に離れたら、卒乳

意図を持って、おっぱいを辞めたら、断乳


なんて言葉の違いもあり

「断乳よりは卒乳がいいな〜」なんて思っていたけれど


生姜汁を塗ったことは、意図的なことであって

でも、充分に時期が来ていたとも思い


ことばはつよいけど


何にしても、おっぱい離れ、というか

昔からいう乳離れ、というか

はなれ、って言葉が、やさしくて自然じゃないかと思った




後日談としては

やっぱりおっぱいが大好きで、触りたい娘は

匂いを嗅いで「匂いが戻った」と言い

こっそり口をあててたりする


でももう、おっぱいがなくても眠れることがわかったし

おっぱいがなくなったら

彼女の髪を撫でたり、体をさすったり

双方向のスキンシップが増えたように感じていて
(前は私が受け身だった感覚)

それは、次の自分たちの段階に、入った感覚があるから


またこっそり生姜汁を塗って

時々

「くさ!」

「あ、時々そういう匂いになるようになったんだね〜」

というやりとりをしてる。


「寂しいな」と時々いう彼女の言葉も

ひとつひとつ、受けとめ歩きたい



さびしさのむこうは ひろびろして あかるい



ぐるりとめぐったら

また どうせ いっしょくたなのだから


あるこう あるこう


2023年9月22日金曜日

 

季節の変化は心身の変化
からだは地球だから

それで先週まではどうもゆらいでいたものが
今朝あたり、すっとひいていった


とりあえず、気になっていたことをやってしまおうと
今日は台所のシンク下の棚を整理。

それから、枯れ始めていた
ベランダのミニトマトを剪定して
根元から生まれてる若い枝だけ少し残した。


シンク下に入れていた、
壊れた炊飯器と電動ミルを区役所の小型家電回収場所に持って行き

帰りに花屋さんで苗を買ってきて
鉢に植え替えて玄関に置いた。



花屋さんで、コスモスが気になって
でも、玄関に置くのは小さな鉢だし
もう少し背の低い花でもいいのかもと思い悩む。


だけど、

家のまえを通った人が「コスモスだ」って思って少し嬉しくなるとしたら

と想像した時に

やっぱりコスモスにしよう、と思って

るんるんと買って帰る。


もちろん自分が、コスモスが咲いているのを見ると嬉しくて

それと同時に、歩いて目にとめた誰かが、ちょっと、あ、って思ったら

それはすごく素敵だと思えて。


家に着いて早速鉢に植え替えて玄関に置いた。



昨日は娘の来春から入園する幼稚園探しの一環で

家族で幼稚園見学に。


こどもたちがのびのびしていて

先生方もおおらかで優しくって

いい園だったな。


他の園もこのあといくつか見にいく予定。


今日、シンクの掃除をしながら

来春、幼稚園、と思い

早いな、と思った。



はやい。





2023年9月13日水曜日

 

先月から、髪がずーっとのびっぱなしだった


妊娠前はずっと、西宮で美容院をひらいている友人のところへ

髪を切りに、同時に、友人に会いに出かけていた


妊娠中にコロナが流行って

あの時は、電車に乗ることも 遠出することも控えていた

それから足が遠のいて

ホットペッパーで見つけた近くの美容院へ


何軒かめぐって でも また同じところへと思えなくて

Youtubeを見ながら自分で髪を切ったのは3回くらい


気楽だし、すっきりするけど

もうこれでいこうとも振り切れず



コロナが明けても 京都に住む今

娘を預けて 往復3時間かけて 髪を切りに行く

ということが いけないこと のように思えて

自分が抱いている抵抗を なかなか 外せなかった



でも もう 髪も ぼさぼさ 夏の雑草状態


夫にも「ともだちの美容院、行っておいで」と何度も背を押され

(「今日連絡しな」まで)

決心して 連絡して おととい 行ってきた



なんだ 行ってみたら

遠いと思っていた 西宮も 阪急電車に乗ってスムーズで

4、5年ぶりに会う友人とも 久しぶりと思えない


髪の毛はどんどんすっきりして

友人といろんな話をして

明るい気持ちで帰ってきた




ずっとずっと

友人に髪を切ってもらいたい

という気持ちを抱きつつ


1時間半の道のりに対する抵抗が あって

保育園に預けて 自分の髪を切りに行くなんて って思いがあって

動けなかった


動いたら なんてことなかったのに

ずっとこうしたかったのだから

こうしたらよかったのにって



でも その距離をハードルと思うくらい 

娘のことを守ろうとしてきたし

一生懸命だったんだな とも思う

がんばったね、って 声かけたい


そして今からは

こたえがみえてるなら、そうしよう

って 思う