食器を自分で作りたいなと思っていたら
いつも通っている児童館で「親子の陶芸体験教室」が開催され
娘も見てもらいながら、陶芸ができる!という夢のような機会に恵まれた。
(かわいいね、大変ね、とか声かけてくれた)
ミスドの店員さんとか
(席までドーナツ運んでくれて、頼んでいないのに飲みやすいように飲み物にストローつけてくれた)
娘が生まれて、明日で8ヶ月を迎える。
娘が寝ついてから夫が「この8ヶ月間、1日も欠かさず、よく頑張ったね」と言って
本当だなぁ、とお互いの肩をたたいて、労りあった。
娘はここ数日の間に、なんだか急成長した感じで
ずり這いも速くなり
立つことが楽しいみたいで、おもちゃにつかまりながら何度も立とうとする。
今は支えがないと立てないけれど、すぐに立ち始めそうな気もする。
今夜はお風呂上がりの着替えがすんだ後
私が先に寝室に入り、布団の上から娘に声をかけると
娘がずり這いで私のところにやってきた。
娘が伸ばした手に私も手を伸ばし、タッチをすると嬉しそうに笑い
またくるりと後ろをむいて、居間の方へ戻っていく。
こっちを目指してやってきて
そして触れて
触れたら笑って
また引き返していく
ということが突然目の前で成されて、なんだか言葉にならない思いが湧いてきた。
感動、というのか、なんていうんだろう 。
目の前がパッと開くような、雪解け水がわっと流れてくるような
新鮮な驚きのような、
でも、なんだろう。言葉が見つからない。
わからないけど、心を動かされた。
手足も気づけば伸びて、大きかったはずの服が小さくなっている。
少し前まで、ふやふやとした小さな生き物は
まだどこか、とても私と重なっている感じがあったけれど
今はとっても「他者」。
躍動する、ひとつの命。
目が合うだけで、娘は笑ってくれる。
なんだかとても、ありがたい気持ちになる。
誰に教えられてもいないのに
寝返りを覚えて、座ることができるようになって、今度はずり這いができて、
立とうと挑戦している。
命の健やかなこと。
私もうすでに幸せなんだ。
夫が年末に、新曲を作っていた。
「今まで歌にしてきた悲しみがなくなってしまって、曲ができるのか不安だった」というようなことを、夫は話していた。
悲しみがなくなった後にも
歌は生まれるんだって、夫の新世界への移行。
今、また、ひとりの時間をもらっていて
絵を描き始める前の、準備運動みたいに
「わたし」への呼水みたいに、本棚から雑誌を1冊手にとった。
昨年の暮らしの手帳
早春号。
丁寧な暮らしではなくても
が、コピーになっている号で、めちゃめちゃ好きな号。
「丁寧」までもがいつの間にか「カテゴリー」になってしまっていたのを
水溜りにはった氷をバリンと割るみたいにして
もぎ取ってきたような、そんな号なんだ。
(新曲ができた時、夫は「もぎ取ってきた」と言った)
私は思う。
もしかしたら、知らぬ間に、私は私の命を「何かいつも、どこか足りない」という思い込みの中に、預けてしまっていたんじゃないかってことを。
今、自分の手でそれを、取り返してこれる。
戸棚を開けて、ずっと置きっぱなしにしていたのを
いとも簡単に、もう一度手のなかに。
私の人生はすでに始まっていて
そして始まった時から、私は充足しているんだった。
1月1日 家族で初詣へ出かけたあと
体調を崩して救急車に初めて乗った。
夫が抱っこ紐で娘を胸に抱いて、夫も娘も一緒に救急車。
初めてのこと(私もだ)に戸惑って泣く娘に、
夫も私も「大丈夫だよ」って繰り返し声をかけた。
大事には至らず、おさまらなかった頭痛に、
授乳中でも飲める痛み止めを処方してもらった。
救急の先生は若い青年(20代後半から30代前半に見えた)で
帰る前に「採決の数値に異常はなかったので、帰っていただいて大丈夫です」
と声をかけてくれた時に、本当にありがたい気持ちが湧いた。
本当に「大丈夫です」って伝えてくれてる、「大丈夫」だった気がして。
娘は夫をずっと抱っこしていてくれて
娘がぐずると廊下に出て、あやしてくれた。
お腹が空いて眠たいだろう娘に、
帰る前にカーテンに囲われた簡易ベッドの上でおっぱいをあげた。
娘も安心したかもしれないけれど
ごくごくおっぱい飲む娘の姿を見て、私がほっとした。
その日、お腹の中にあるものをぜーんぶ出して
翌日も夫が娘を見てくれて、1日よく眠ったら
雪あがりの日みたいに、からだの中がピカピカで気持ちのいい風がぬけていく。
大変な元旦だったけれど(私だけでなく、何より、夫と娘にとっても)
だけど
その日をきっかけに、
今はほとんど母乳で私を栄養源にしている娘が
これからご飯を食べて、地球のあらゆるところで、食べ物があれば
自由に生きていける、その出発になるんだ。と、離乳食を始める覚悟がついた。
(はじめてはいたけど、ボチボチ、ゆっくりで良いか〜と、かなりかなり、ゆっくりやってた)
不思議だけれど、それから自分の中でも何かが切り替わったよう。
今まで、娘を寝かしつけたあと
「自分のこと」をしようと思っても
その「わたし」が、とーってもとっても遠いところにいて
数時間経っても「わたし」はやってこなくて、ボーっとしたまま
結局眠っていた。
それが、「わたし」が私に、なった。
なんだかとっても、おもしろい。
2度目の出産をしたみたい。
気がつけば年の暮れ。
「髪を切ってきたら」と夫が言って、娘を見ていてくれた。
それで土曜日、久しぶりに髪の毛を切りに出かけた。
髪を切ってもらっている間、ストーブのじんわりとした暖かさもあって眠たくなる。
「マスク、つけてた方がいいですか?」とはじめに聞いたら
美容師さんは「どちらでもいいです」と答えられた。
それで一度は「じゃあ」と外したけれど
「外してもいいですよ」とは言わないで「どちらでもいいです」なら
つけておいた方がいいのかな、と思って
「やっぱりつけますね」と言ってマスクをつけ直した。
初めてマスクをつけたまま、シャンプーしてもらい、髪を切ってもらった。
なんだか不思議な気分だ。ナウシカの世界みたい。
髪はずいぶん短くしてもらってすっきりと気持ちがいい。
新年を迎えるのに、すっきりできてよかった。
この頃は、娘が夜起きる回数が毎晩3、4回とまぁまぁ多くて
その度、私も起きるので、ものすごくたくさん夢を見る。
その夢がまぁまぁ面白くて、夢の中で現実生活のねじれが解けたり
そういうことだったのか、と府に落ちたりすることが続いている。
今はたまたま、何度も起きるから夢を覚えていてそう感じられているだけで
普段も夢はそういう役割をもっているものなのかもしれない。
(朝起きたら、すっかり忘れているだけで)
子育て雑誌やネットで調べると、娘の今の月齢だと
もう少し夜、長く眠る子もいるみたいだし
起きるたびに添い乳といって、娘の横に眠りながら授乳しているのだけれど
その添い乳もそろそろやめ時、的なことが書かれている。
やめた方がいいのかなぁと、ぼんやり考えて、調べたこともあったけれど
そしてもちろん、朝までたっぷり眠りたい気持ちはあるけれど
私は娘のリズムに合わせることにした。
そしておっぱいで娘が安心して眠れるなら、おっぱいをあげよう、と思った。
(好きな漫画家さんの子育て漫画では、2歳すぎてもおっぱいで寝かしつけしていたし)
一生続くわけじゃなく、きっとわずかな間のことなのだ。
夫と先日話したときに
夫が、娘が生まれてから「有限性」を感じるようになった、と言った。
それを聞いて、私もそう、と思う。
娘が二十歳の時に、私はいくつかな、と考えたりするようになったから。
そして、今、どんどんどんどん、彼女が成長して
目の前でどんどん、数ヶ月前、数週間前を「過去」にして
現在を更新し続けるから。
肩にサロンパスを貼る日々だけど
美しい時にいるなって、思う。
自分の作業をするとき
今まではリビングの食卓の上に画材を広げて作業していた。
それがだんだんと、食卓は、より家族の場所になって
娘を寝かしつけた後、照明を落としたリビングの食卓に座っても
「ものをつくるわたし」に触れられなくなってしまった。
(リビングのすぐ隣の和室に娘が眠っているのです)
自分だけのスペースが必要。と思い、小さな机を買った。
夫は、夫の部屋で作業をしていいよ、と言ってくれたけれど
夫の部屋は、やっぱり夫の空間なのだ。
買った机を、娘を寝かせた後もライトをつけていられる台所に置いた。
すると、小さいけれど私の場所ができて(今もその机に置いたパソコンを開いてる)
「ものをつくるわたし」が、やってきてくれる。
ものをつくるときには、何かに触ってる感じがする。
見えないけど、見てる。感触を確かめながら、現実に写していく。
娘を寝かしつけていると、いつも知らぬ間に寝てしまっている。
今夜もそうだったみたいで、目が覚めたら0時近くだった。
夫は何度か起こしてくれたみたいで、台所にコーヒーがある。
私に淹れて残しておいてくれたのだ。
3回くらい起こして「コーヒーいる?」と聞いたら「うん」と私は返事をしていたらしい。
おぼえていないけれど。
「眠れなくなるよ」と夫に言われたけれど
「私は眠れるんだ」(寝つきがものすごくいい)と自信満々で返事して
牛乳とコーヒー、半々くらいにして飲んだ。美味しい。
そしてしっかり、眠れなくなってしまった。
布団の中で、考え事をしたり
している間に娘は2回起きて、授乳したり、とんとんしたり。
小さな手のひらがかわいい。
これは眠れない、としばらくして見切りをつけて、布団を出る。
音楽を流して、電気をつけた台所で、本を読み始める。
ツレヅレハナコさんの「食いしん坊な台所」
昨年、友達が京都にきた時に一緒に訪れた本屋さんで「面白かった」と
友達から聞いて買った本。何度か読み返してる。
ハナコさんのおおらかな愛が伝わってきて、あったかくなる本。
ナンプラー 好きなハナコさん。
ついこの間から夫がタイ料理を作り始めて、家にナンプラー の大瓶があるから
本の中のレシピ、今度作ってみよう。
高橋みどりさんの本や池田澄子さんの句集をパラパラ。
台所のオレンジの光。
真夜中だけどアイスクリームも食べた。
さっき布団の中で、ここのところうっすら感じていたことを
はっきり感じた。
今、夫の体調のために
(夫は私と違って眠っている時とても繊細で、小さな音でも起きてしまったり、眠りが浅いタイプ)数ヶ月前から別々に眠っているのだけれど
思いの外それがとてもさびしい、ということ。
夫の寝息を聞きながら眠ること
朝起きたらいちばんに姿が見えることで
私はとっても安心していたんだなぁということに気がついた。
明日の朝、夫に話してみよう。
週末は3人で眠りたいのだけど、どうだろう?って。
暮らしって、実験で本番だな。
そう、だけどさっき
「あぁ、夫と一緒に眠らなくなったことで、私はとても心細いんだなぁ」と気付いて
そのあとで
「わたしが、わたしのそばにいるよ」って
自分に話しかけたらほわって、寂しさがしゅーっと癒されて、かたくとじていたのが
やわらかく開いたことにも、気付いたよ。
そうだ、そう。
いつでもまずは、そう。
わたしが、わたしの、いちばんそばにいる。
こういうこと、
娘にもゆっくりゆっくり、伝えていきたい、とも思う。
おかーさんもおとーさんも、娘の味方。
そしてあなたのいちばんの味方は、あなた自身だよって。
アマゾンで、2021年の手帳を注文して、お布団に入る。
お茶をいれて、目玉焼きとウインナーを焼いて
自分の昼ごはんに。
ごはんの上に、目玉焼きとウインナーのせて、お醤油とゴマをかけて
遊んでいる娘の隣で、もぐもぐ食べた。美味しかった。
昼ごはん、ちょっと前まで
ラップして冷蔵庫に入れていたお米を
冷たいままそのまま食べていた。
今思えば、温めるくらいできた気もするけれど
それを省きたくなるくらい、キャパオーバーしていたのだと思う。
今は、何が変わったわけじゃないけれど
息を止めて、んっ!と踏ん張ろうとする自分に気付いたら
踏ん張るのをやめてみてる。
たったそれだけで余白ができて、目玉焼きを自分に焼けるようになった。
自分の容量は、自分が思っていたよりも
ずっとずーっとずっと、ちっちゃかった。
それを知れたことで、荷が軽くなるなんて、不思議。
お猪口サイズの容量を、どんぶりにすることを目指すんじゃなくて
お猪口のままで、すこしずつ
そして家族やまわりのひとたちとわかち合いながら
生きていく。