2020年8月9日日曜日


 

今日は夫が娘をみていてくれるというので

ひとり静かな部屋で充分に眠らせてもらった。



 

娘をずっと見ていてくれた夫が

「大変さがちょっとわかったよ。ずっと泳いでいるみたい。岸につかない感じ」

と言ってくれて、その例えはまさにその通り、で

それから、理解してもらえるだけで、本当に報われる、と思えた。

 


夕方、夕飯を夫が作ってくれている間に

眠たくてぐずり始めた娘を抱き上げる。

 

娘を抱いてゆらゆら体を揺らしながら、窓の外を見ると

夕暮れの空が美しかった。

 

まだ水色が残る中、少しずつ光が引いて

雲の層の中に、西日に照ったピンク色の雲も混じって。

 

 

夕闇は静かにおちる。

いつの間にか、夏の真ん中。

夏の真ん中にはもう、残暑がかすみ見える不思議。

 

 

今日、娘の授乳中に

テレビをつけたら「この世界の片隅に」が放映されていて

しばらく見ていた。

 

空襲のシーンで、テレビからの爆撃の音で

おっぱいを飲みながら眠りかけていた娘がびくっと動いた。

 

それを見て、涙が流れた。

 

本当に、すくすくと、のびやかな命の、美しいこと。

その美しさの、あるままに。

 


2020年8月6日木曜日

 
風がとおった !
 
 
 
娘を寝かしつけてから、一緒に眠ってしまっていたのを夫に起こしてもらい
ずっと先送りにしていたことをやり
それから、保育園について調べてみた。
 
娘を保育園に預けるのに、来年の4月から入園させるのが
いちばん入りやすいらしく
そのためには11月に願書を提出する必要があって
気付いたら今のうちに、保育園の見学を始める必要がある。
 
 
考えていたら、それが現実なのに胸が苦しくなってくる。

娘を来年の春には保育園に預けることを思うと寂しくなり
保育園に預けるために、自分が仕事を始めることを思うと不安で心が縮まる。
 
 
それを夫に話すと
夫が
「ひとりじゃないよ。俺も○○ちゃん(娘)もいるよ」と言ってくれる。
その言葉を、そのまま聞きたいと思うけれど
「心が殻にとじこもろうとしてて、入ってこない」
と言う。
心に薄い砂糖の衣のような殻が、ぴしぴしとかぶさっているみたいな感じがした。
 
 
それでも、夫と話していて
夫の言葉も聞いているうちにふと

「パートで働いてその先に、お店をやる」というイメージが湧いて
夫に話した。
 
そのイメージが浮かんだ瞬間に心がパッと明るくなって、すっと軽くなった。
 
それから夫に
「お店って何?カフェ?」と聞かれて
 
コーヒーはある感じがするけれど、カフェではない。
もっと小さくて、灯台みたい。本が見える、これは何屋かな
と思っているうちに

あぁ、言葉のことをやろう!と思う。
 
自分の仕事を作ろう、と思ったら、どんどん心が生き生きしてきた。
 
 
夫にその話をしながら
台所に立ってお茶を入れている時に
詩を書いて、その詩に友人に香りを作ってもらって
スプレーボトルに入れて販売する、そんなイメージが湧いてくる。
 
トイレに行きながら
時々作っていたおみくじカード(言葉が書かれていて、好きに引いてもらう、と言うことをしていた)をもっと洗練した形にして販売しよう
と思いついたり
 
 
すると
あぁ、そもそも、いちばんはじめに大阪に引っ越そう、と思った時
大阪の星ヶ丘にある、ソーイングテーブル、というカフェがきっかけだった、
と思いだす。
 
そのカフェがある星ヶ丘洋裁学校の庭に座っていた時
なんだかとても、そこに「いていい」という感じがあったんだった。
 
 
ソーイングテーブルコーヒーという名前をつけたのは
永井宏さんというアーティストで、永井さんの周りにある人々や文化に
惹かれていたことも思いだす。

永井さんがいらした逗子で、リーディングのイベントなんかもひらいていた
根本きこさんのお店、coya
あの場所を訪ねた時の、気持ちよさ。
 
 
草の上に、舟が渡っていく景色
 
台所のすみに、おちる影
 
 
私は私の好きなものを、思い出したよ。
 
私の好きなものが、私の居場所だったよ。
 
 
これをやりながらなら
娘を育てていくこともできそうな気がする。
 
私が私の場所にいるから
娘に寄りかからないで
彼女が彼女の道を歩むのを、見守っていける気がする。
 
夫とも一緒に、歩ける気がする。

夫が夫の道をいくのを眺めながら
私は私の道をいって
それぞれの道から、手を伸ばして、手を繋いで
歩いていける気がする。
 
 
娘の保育園を決めること
引越し先を決めること
 
自分が京都に住むという気持ちが固まらないまま
(まだどこか、もっと、くらすべき場所があるのではないかという思いを抱きながら)
足もとがかたまっていく感じがこわかった。


でも、今、急にそんな思いもなくなった。

私の居場所は、私の道の上にあって
私はずっと、私の居場所にいたんだ。
 
見えなくなっていただけで。


好きなことにふれていこう。

ことばのことを、やっていこう。



自由に
のびのびと。

2020年8月5日水曜日


夢というのは、本当に心のあらわれのようで

先日
参加している合唱グループの発表会のために会場へ向かうと
もう合唱が始まろうとしている、という夢を見た。
 
舞台袖からこっそりと舞台に出て
「入れて」と声をかけると
「自分の場所へ行って」と言われる。
 
けれど私は、自分がなんのパートなのかも
どこが自分の場所なのかもわからない。
 
歌が始まってしまったので、端っこにそのまま並ばせてもらって歌い始めるも
歌の歌詞もわからない。

そんな夢を見た。
 
 
自分の場所って、どこなんだろう。
 
 
 
でも
その夢を見て数日経ち、母に手伝ってもらって余裕が生まれてきた心で
今思うのは

夢の中の人はあたかも「わたしの場所」がある風に言って
そこへ行ってと言ったから
わたしは「わたしの場所」があるはずなのにわからない、と思い
わからない場所を、なんとか探さねば、と思い焦ったけれど

わからないものは、探すことができない。
 
わたしはそこで止まって
ただ「わからない」と言えば、きっとそれだけでよかったんだ、と思った。
 

 
 
 
先週末に夫と物件を見に行ってみて
「ここじゃない」ということが、わかった。
 
「ここじゃない」ということがわかった時に
 
夫とふたりで「ここ」と決めた今の家が、やっぱりとってもいい家だし
よくこんなにいい場所が見つかったなぁ、ということも、わかった。
 
 
今の家に出会う前も、
いろんな場所を見て歩いたんだった。
 
その時にも「ここじゃない」ということがいつも、わかった。
 
見つからないのは、見ている場所に、それがないから。
だから見えない時に、必死で目を凝らしても、仕方がない。
 
座っている椅子から立ち上がって、ふーっと背伸びでもして
息を深く吐いて、お茶でも飲むくらいしか
やることはない。
 
 
そのうちふっと、流れにあたったときに、ひゅ〜っと
運ばれていくんじゃないか。
 
 
 
今の家が見つかる前

私が大阪へ通いやすいように、ということで最初は家を探していた。
でも、大阪へも京都へも出やすい駅で降りて街を歩いても、
あんまりいい感じがやって来なくて

ある時、公園を散歩していた時にふっと、「緑の近くに住みたいな」と思い
それから、京都御所の近くはどうだろう、と思い
suumoの地図から検索できる機能を使って、今の家を見つけた。
 
 
近くの他の物件も、何件か見せてもらって
今の家は部屋は見られず、エントランスだけだったのに
夫も私も、なんだかいい、と思えて決まった。
 
 

そういう風にそうだ、やってくるんだ。
 
 

思考が正常化してきている。(涙)



さっき、娘と母とスーパーへ買い物へ行った帰り道
抱っこ紐で赤ちゃんをだいた女性とすれ違った。

母が
「あら、同じくらいの」と言ったので
その女性が
「何ヶ月ですか?」と聞いてくれて
「2ヶ月です」と答えると
「そしたら、ずいぶん大きい。6ヶ月です」と、自分のお子さんのことを教えてくれた。
それから
「頑張ってください」と言われて、また歩いていかれた。


「頑張ってください、と言われるってことは、これから楽になるのかな」
と母に言うと
「そうなんじゃない」と言われて
ちょっとほっとした。
 

 

2020年8月4日火曜日


母が娘を見てくれている間に
お宮参りのお祝いをくれた叔母に、お礼のお手紙を書いてポストに投函した。
 
娘の写真を少しまとめてプリントアウトして
手紙の中に添える。
 
同じものをもう1枚プリントして、実家で待ってくれている父にも送った。
 
写真を選び直して(夫が写っているものを多めにして)夫の母にも送る。
 
ずっと、やりたかったことができて
ふっと両手があいて
視界があかるくなった。
 
 
 
あぁ、今のうちに、考えられることを考え、
夫と話し合いが必要なことを、話し合い
自分の気持ちにも、触れよう。と思う。
 
 
母に「1ヶ月に1度来てほしい〜」と泣き言をいうと
「2ヶ月にいっぺんは来られるかな」と言われ、
2ヶ月にいっぺんでもかなり助かる!と思い心がふわっと浮き立つ。
 
 
近所に子育ての相談ができたり、助けてくれる人がほしい
と思って、児童館や子育てサロンの情報を調べたり
ドキドキしながら足を運んだり…
でもそれも、自分にとってはすこしハードルが高いこと。
 
楽になるため、と思いながら
がんばることがひとつ増えていた。

 
 
冷静になってきた頭で、ふっと
わたしって、どんな人なんだろうか
ということを思う。

近所に、子育てしている友だちが欲しい、と思っていたけれど
友だちはやっぱり、自然にできるものではないか
(娘が、公園で遊んだり、外遊びができるようになって遊びたい、と児童館へ行くようになったら自然とそこで出会った人と、話したりするようになるのではないか)
と思ったり
 
娘の友だちは娘の友だちで
私の友だちは、私の友だちなのでは、ということを思ったり
 
別に子育てをしている人じゃなくても
私はただ近所に、自分の友だちがいれば、それでいいんじゃないかと思ったり。
 
 
きゅ〜っとなっていて、「それしかない!」となっていた視界が、
ふわ〜っと広がっていく。


自然に友だちができるまで、2ヶ月に1度母がきてくれるなら
なんとかなるんじゃないかしら。
 
それにそうこうしている間に、娘も1歳になってしまう。


 
 
 
 
引越しに関しても
「もうここでは暮らせない…!早く引っ越せる家を見つけねば!」と
きゅ〜っとなっていた「しかない」思考がふわ〜っと剥がれていく。
 
 
 
週末に、母が娘をみてくれている間に
夫とふたりで物件を見に。

しっくりくる物件に出会わず。

でもその代わりに
今住んでいる家をあらためて「よく見つけたなぁ、こんないい家」と思えたり。
 
 
きっとふっと、次が見つかる時に
見つかるだろう、と、思えたり。
 
 
今、
こんな風に

ここ2ヶ月、きゅうぅぅぅ〜っとなっていたものが
ふわわ〜っと、開いている時間。
 


2020年8月1日土曜日


埼玉から母がきてくれた。

本当は、娘を連れて帰ってきたら、と夫が提案してくれて
わたしも、自分にはその時間が必要だと思って実家に連絡すると
 
今の状況で娘の長距離移動はあぶない、ということで
母がやってきてくれることに。
 
 
 
娘はよく笑うようになり、
意思を伝えるのも上手になって、ひとり遊びも始まった。
 
一緒にそとへ出かけられるようにもなったし
ほとんどの時間、ご機嫌に過ごしている。
 
 
ものすごく困ってる、ということもないと思っていたけれど
私はいつの間にか、いっぱいいっぱいになっていた。
 
 
自分のやりたいこと、は
お祝いのお返しを買う、お礼のお手紙を書く、
いただいた娘の服を片付ける、洗濯物をたたんでしまう、洗い物を片付ける…
ということがまず目の前にある「やりたいこと」で、
私自身のやりたいこと、はずーっとずっと、その向こうにあって、
なかなか触れない。
何が「やりたい」のかも、正直思い浮かばなくなった。
 
 
そして目の前にある「やりたいこと」も延々とできない。
 

家の中に「途中」が溢れていて
「今は仕方ない」「こういうものだ」と思おうとする私もいるけれど
「目に付くもの全部が中途半端で、ずっとそのままになっていて本当に泣きたい」
という私が、ついに出てきた。
 
 
一方で、娘に対してはどんどん、かわいい…という気持ちが溢れるようになってくる。
 
でもそれもまた、日中、誰とも分かち合えない。

大変だ、とか
悲しい、だとか
そういうことばかりじゃなくて

なんてかわいいんだ!と溢れる気持ちでも
心はいっぱいになる。
 
 
道を歩いていて、すれ違ったおばさんが
娘を見て「かわいいね」と言ってくれた時
 
私は体からプシュ〜っと空気が抜けたような気がして、すごく楽になった。
 
「かわいい」という思いを
一緒に持ってもらった感じがして。
 
 
もう、こんな風になっていたから
結構きわまってきていたのかもしれない。
 
 
 
母がきてくれて
娘をかわいがってくれて、娘がおしゃべりするのを喜んでくれて
一生懸命遊んでくれるのを見ていると
 
体が楽なのもあるけれど、心がすごく落ち着く。
 
 
日中、娘の様子を見ているのも
欲求のひとつひとつにこたえるのも
時にこたえられないのも
全部、自分ひとりなことは、ちょっとつらい。
 
 
 

鴨川で授乳をした時に、ふっと抜けたのは
景色が私も娘も包んでくれた感じがしたから。
 


今日は母が娘を抱いてくれて
日中、自分が眠りたいタイミングで、眠ることができた。
 
それだけで、ちょっと
遠ざかっていた自分が、少し近づいてきてくれた感じがする。
 
 
 
 

2020年7月24日金曜日


ここ2日くらい、たっぷり眠って起きている時は落ち着いていた娘が
今日はぐずぐずと、眠たいのに眠れずに、よく泣いた。
 
こんな日もあるね、と思って抱いたりあやしていたけれど
夕方、散歩に出てお風呂に入ったら、気分が変わったのか
目をぱっちりとあけて機嫌がよくなった。
 
その姿を見て、もっと早く、おもてへ出たり
シャワーで汗を流してあげたらよかった、と思う。

「そんな日もあるね」となだめるだけじゃなくて
楽しい方へ、心地よい方へ。
 
お風呂は1日に1回じゃなくたって別にいいし
気分を変えるためにシャワーを浴びること、自分にもある。
 
もっともっと、自由に
臨機応変に
すこしずつ
風通しよく、していきたい。
 
 
 
 
今夜は夫のライブがあって、配信されていたので
娘の寝かしつけをしながら、片耳にイヤフォンをつけて
ライブをみていた。
 
丁寧に歌われて、いいライブだった。

ライブの後、娘と一緒に私も寝入って
授乳のために夜中の1時過ぎに起きたら
夫はまだ帰っていない。

きっと久しぶりのライブハウスでのライブだったから
それにいいライブだったから
ゆっくり飲んで帰ってくるのだろう。
 
私は、娘をお風呂に入れる前にさっと汗を流しただけだったので
授乳を終えて娘をまたお布団に戻した後、
お風呂場で髪の毛を洗った。


それから手帳を久しぶりに開いて
今、胸の中にあることをとりとめもなく書き留めた。
 
 
手帳に、手書きで、胸の中のことや、起こった出来事を綴ると
自分の軸に、立ち戻ることができる。
 
 
今日、綴ったことは
 
からだは星からあずかった舟
そのかたちに宿っているあいだ
おどった軌跡が、命のあらわれ
 
その命に触れようと思ったら
軌道をなぞること
なぞるうちにたちあらわれるものが命
 
命はとまっていない
点に命はない
 
一部を切り取って、つまみ出すこともできない
 
軌道全体で歌
 
歌を聞きたいと思ったら
 
そう、やっぱり一部を切り取って、みることはできず

その息、軌道に触れ、たどること
 
たどっているその間に感じられること
そこにたちあらわれているのが命、命の歌。
 
いつでもそう。

今たちあらわれるものに触れることでしか
命は感じられない。
 
切り取って、止まっているものを、眺めても
それは、命から、離れてる。
 
見ることは、できない。

2020年7月18日土曜日



コーヒー豆が少なくなっていたので
午前中、娘を抱っこ紐で抱いて、お散歩がてら豆を買いに行く。
 
だいぶ暑くなってきたので
タオルで包んだ保冷剤を、抱っこ紐の中の娘の背中にあて
日傘をさして歩く。
 
いつもコーヒー豆を買っている喫茶店に着くと
店内が賑わっていて
店員さんに「奥の席へどうぞ」と声をかけられる。
 
豆を買うだけにしようかと思っていたけれど
店内の賑わいから、豆を包んでもらうまでに時間がかかると思ったので
そのまま奥の席に通してもらい
冷たいコーヒーと豆を頼んだ。
 
娘は抱っこ紐の中で眠っていたけれど目を覚まして
店の天井のあかりを目で追っていた。
 
ちょうどコーヒーと豆が届いたあたりで、ぐずぐずっと表情がくずれ始めたので
ぐびぐびっとコーヒーを飲んで、お会計を済ませた。
 
いつもクールに見えるカウンターの中の店員さんが
「おおきに」と声をかけてくれて嬉しくなる。
前に来たのはお腹が大きな時だった。
おぼえてくれているかはわからないけれど
「生まれましたよー」と心の中で声かけた。
 
 
お店からすぐの鴨川の土手に出て
帰る前に、初めて外で娘に授乳してみる。
 
ガーゼの授乳ケープを首からかけて
その中で娘におっぱいを飲んでもらう。
 
土手の道から少し奥まった、木の根本に腰掛ける。
足元に広がる木漏れ日が綺麗だった。
 
空が青くて、山の緑が眩しい。
川面はきらきら照っている。
 
外で授乳するのは、なんだか気持ちがよかった。
「外で飲むビールは美味しいな」という感覚と、どこか似ていて。
 
空と山のおおらかな景色と向き合って
こくこく胸の中で娘がおっぱいを飲んでいる。
ふんわりとかぶった授乳ケープのやわらかさ。
 
少し離れた道を、散歩やマラソンする人たちがのんびり行き交う。
 
授乳を終えると娘は落ち着いた様子で
そのまま土手をふたりで歩いて帰った。
 
風がしずかに渡って、すこし涼しかった。
 
 


夕方、インターネットのニュースで若い俳優さんが亡くなったことを知る。
ALSになった青年を演じているドラマを観た時から
テレビで観ると、嬉しい人だった。

心がしんと静まって、悲しい。
 

夫が作ってくれたカレーを晩に食べて
ポカポカあたたまった体をごろんと横にして
1度眠ってから起きてきた娘をまた寝かしつける。
 
娘の小さな手に触れながら
 
やっぱり、俳優さんの死に、胸がいたむ。
 
誰にでも、この時間があったはずだと、思えて、なおさら。
 
 
小さな手。
必死でおっぱいを飲む口。
 
ただ無垢に泣いて
満たされたら、すやぁっと眠る。
 

 
ご冥福を祈る、ということは
亡くなった先にも、その命が癒えることを願う、ということなんだ
と、今、思った。
 
 

 

2020年7月16日木曜日


生まれてひと月が過ぎたので
娘のお宮参りへ。
 
祖父母がそれぞれ来てくれて
みんなで揃って昼食を食べ
タクシーで神社へ行き、御祈祷を終えたあと
自宅近くの写真館へ行き、家族写真を撮影してもらった。
 
娘は白いよそ行きの服をまとって
わからないままあちこちに運ばれていたけれど
ずっと大人しくしていた。
 
昼に集まってから、どどどっと過ぎた1日で
祖父母が帰ってから「疲れたね」と3人で横になった。
 
味わう間もなく過ぎていったけれど
それでも、娘にとってのおじいちゃん、おばあちゃんに
娘をみてもらい、抱いてもらって、声をかけてもらった日。
 
バタバタと撮影してもらった写真。
そういえば自分の身なりを鏡をみてととのえることもしてないのだから
出来上がりを見るのが少しこわいけれど
それでもきっと、この日、こうでね、と後から振り返る手掛かりになるような
そんな写真になってくれると思う。
 
娘はきっと、忘れてしまうだろうから
出来上がった写真を手掛かりにして
数年後、どたばたとしたその日のこと
 
大雨続きだったのに、ぽっかりと晴れた日のこと
 
話して、聞かせてあげられたらいい。
 
 
 
 
私の両親は遠方から来たので京都に3泊して
4日間毎日、娘に会いに来てくれた。
 
父が娘の名前を呼んで、こわごわ娘を抱いて
「かわいいなぁ〜」と頬を撫でる。
 
母は、置きっぱなしになっていた洗濯物を見て
「ほすよ」と言ってすぐに洗濯物をベランダにほしてくれた。
 
父が「○○ちゃんが成人するまでは見られないから」と言ったのを聞いて
切なくなる。
「そんなこと言わないで」と言ったら
「保育園か幼稚園に上がるのは見られるかな〜」と父が言ったので
「ランドセル買ってね」と、私は父に言った。
 
 
 
両親も実家に戻って
久しぶりに娘とふたりのお昼間。
 
ずっと気になっていた、友人へのお礼と
出産祝いのお祝いのお返しを送りに、娘を連れて電車に乗り
京都駅の伊勢丹へ出かけた。
 
娘と電車に乗ると
(私も、電車はものすごく久しぶりだった気がする)
電車の走行音や、ドアの開閉の音、アナウンスの声がとてもとても大きく聞こえる。
 
娘は驚いているのか、抱っこ紐の中で
私の胸に頭を突っ伏している。
 
刺激が強過ぎたかもしれない、と思って
電車に乗せてしまったことを申し訳なく思い
空調のなるべく当たらないところに移動して
娘の腕を、自分の腕で包んだ。
 
途中で降りるか迷いながら、結局京都駅まで行き
伊勢丹でそれぞれのお返しを選んで発送してもらった。
娘はずっと眠っている。
 
通りすがりの人や、お店の人が
娘を見て「かわいい」と言ってくれる。

用事が済んでからまっすぐ帰って
帰り道はせめてと思って、ひとつ前の駅で降りて
歩いて帰った。
 
駅をでて、空の下歩くと
私の心がほっとした。
 
「遠くまで連れていっちゃってごめんね。一緒に来てくれてありがとうね。
もうすぐおうちだよー」
 
娘は目を閉じたままだけど
話しかけてしまう。
 
自分がそわそわしていたから。
 
 
家に帰って、おっぱいをあげると娘はそのまま1時間と少し眠った。
 
目が覚めたときに横にいき、
娘の顔を覗くと、娘が笑い
あー ウゥー と
たくさん声をあげたので
私もあー、ウゥー、と言ってこたえた。


 


2020年7月14日火曜日



やさしい世界になりますように。
 
 
育児放棄とか、虐待のニュースを見たときに
感じることが変わってきた。
 
とつきとおか、お腹の中で育つ命を守ってきて
出産して
それから、3歳とか、5歳とかに子どもがなっているということは
それまでに何度も何度も、おっぱいやミルクをあげてきたはずで
はじめて笑った顔を見たり
立ったり、歩き始めるのを、見守ってきたはずで
 
それでも
育てることが困難になって、嘘みたいにそこから身を離してしまうことになるのは
 
母親ひとりに責任があるわけじゃない気がする。
 
 
たくさんの要因がきっと重なっているし

周りの助けが届かなかったり
周りに助けてって言えなかったり
 
そういうことが、重なって重なって、重なっていってしまった先のことに思えて


報道は、事件を起こした母親を鬼みたいに扱うのではなくて
どうして、ひとりの女のひとが鬼のようなことになってしまったのかを
一緒に考えていくような流れになってほしい。
 
 
ひらいて
ひらいて
 
 
ふんわりと
 
 
誰もが、自分自身であることに安心していられて
 
こまったときには、こまってる、助けてください、ということができて

それを聞いた人が、あらあら、と、すっと手をのばすことができて

そしてまた、その手を、ことがたりれば、すっと離すことができたり
ひとりじゃ無理だわ、と思ったら
「大きなかぶ」の物語みたいに、ほかのひとも呼ぶことができて
解決したら、あーよかったよかった 、と笑えて
 
助けてもらったひとが、またちがう場面では助ける側になっていたり
 
とにかく、穏やかに交流があり

そんな風に、まわっていく。

そういう世界で生きたい。
 
 
 
 

2020年7月11日土曜日

記録



 
洗濯桶で沐浴していた娘が、湯船に入れるようになった。

夫が娘の体を洗って、
湯船に浸かった私が体を洗い終えた娘を受け取り
一緒に湯船に浸かって
また夫に娘を渡してお風呂上がりの身支度をととのえてもらっている。
 
おかげで私も湯船にゆっくりと浸かれて嬉しい。


娘は軽いので、お湯に浸けると
ぷかぁっと体が浮いてくる。

両手で浮いてくる体をおさえて、肩までお湯に浸けて
湯にぷかぷか浮かんでいる娘は、いつもきょとんとした顔をしている。


この頃は、いろんな声も出るようになった。
離れていると、「あー!」「あー!」と言って呼んできたり
目を合わせていると、猫が喉を鳴らすような声を出したりする。
 


 
 
 
産院で入院中にそうしていたように
退院してしばらくは、授乳した時間と、
母乳と合わせてどれだけミルクをあげたか
毎日記録していた。
 
それを見ながら、授乳間隔を確認したり
ちゃんと飲めていそうか判断したりしてきたのを
7月に入ってからやめた。
 
今はミルクは湯あがりに1回だけ夫に飲ませてもらっている。
(湯あがりのスペシャル)

それ以外は母乳をあげているのだけれど
母乳はどれだけ飲んでも大丈夫、と言われているので
欲しがるたびに、あげるようにしている。
 
そうすると30分くらいしか間があいていなかったり
大体20分ほどで終えている授乳が40分くらい続くこともある。

初めは、まだこれしか時間が空いてないけど、大丈夫なのかな?とか
こんなに授乳に時間がかかって、よくないのではないかな??とか
不安になったけれど
 
赤ちゃんはちゃんと、自分の必要をわかっている。
ということが
娘を見ていて、わかるようになった。
 
 
さっきあげたばかりで、お腹は空いていないはずなのに
おっぱいをほしがったり
えんえんとおっぱいを飲んだりする時は
眠たくて、眠るためだったり
気が立っているのを落ち着かせるためだったりする。
(おっぱいを飲んでいるうちにすやぁっと眠ってしまう)

いらなくなれば、どんなに口元におっぱいを持っていっても
唇をきゅっと閉ざす。
 
 
 
えんえん飲む時もあれば、
5分ほど飲んでふいっとやめてしまう時もあり

そういう時も、最初の頃は「なんで〜?飲んで〜」と思って焦ったけれど

ごくごく飲みたい時もあれば、ちょっとだけ飲みたい時もあるよな
と、当たり前のことを思えるようになってきた。
 
 


はじめは母乳がなかなか出ずに焦ったけれど
今は母乳も順調に出るようになってきた。
 
なんとなく、母乳で育てることがよい!という風潮があり
私も、母乳がでないことにこんなに焦るんだ、と焦る自分に驚きもしたけれど
(ミルクでもいいや、となかなか割り切れなかった)

母乳が出るようになった今も
湯あがりには、夫から娘にミルクをあげてもらっている。
 
まだ言葉を交わせない今、
口にするものをあげる、って、とても大切なコミュニケーションに思えるから
夫と娘の間でそれを交わせるのっていいな。と思えるし

娘に命を分ける、という役割から
1日1回、私はお休みをもらっている。
 
 

こういうことは、本には書いてないし
インターネットで検索しても、でてこない。

このひと月で見つけたこと。
生まれたバランス。
 


初めてで、何もわからないから
ついつい検索魔になってしまうけれど
 
ひとりひとり、みんな違うのだった。

それは、赤ちゃんもだし
父親や母親も。



今日は
夫と娘と3人で、あの、名前のない喫茶店へ行った。
 
以前、店主の方に「うちは赤ちゃん、大丈夫ですから」と
言ってもらっていたのもあって。
 
かき氷と、ホットコーヒー
それからジャスミン茶とクッキーもいただいた。
 
娘がぐずる場面があったけれど
「他にお客様もいませんし、泣いても大丈夫ですよ」
と言ってもらえてありがたかった。
 
 
お店から帰ってきて
家で娘に授乳しながら、夫と話していたら
「この家もいいなぁ」とあらためて感じている自分を見つけた。
 
それは、あのお店に行けたからだと思う。
 
(娘と一緒に、三者でより快適に暮らすには
どこかで引越しが必要になるのは変わらないけれど)

この家からなら、歩いてあのお店に行ける。


それで

「家」(住まい)って、
「家そのもの」だけじゃないんだな。
 
その周りの環境と地続きにあって
 
その環境まで含めて、というか
その環境にある家、としての、住まい、なんだ。
 
と気づいた。
 





2020年7月9日木曜日



いま暮らしている家は
風通しと採光がとてもよい。
自転車で川にも御所にも本屋にもライブハウスにもぴゅーんと行けて
周りも静かで気持ちがいい。
 
夫とふたりで暮らし始めた時
引っ越したばかりの時にも、とてもしっくりきて
新しい場所なのにそわそわすることもなかった。
暮らし始めた時から、とっても馴染んでいたのだった。
 
 
それくらい、好きな場所だけれど
娘が生まれてから、子どもがいるとこの部屋では
少し暮らしにくいかもしれない、と感じるようになった。
 


すぐの話ではないけれど
引越し、ということが浮かんできていて

 
娘がもし1歳から保育園に行くとしたら
今年の11月には申し込みが必要、と聞いて
そうだとしたら、それまでには新しい家を決める必要があるかも
と夫と話すも
 
でも毎日が目一杯で、
そこまで考えられないのが今。

「自分たちはどこで暮らすんだろう」という漠然とした不安から
掘立小屋のような家にいたり、
とてもいい家なのに水辺に浮かんでいたりという夢を毎晩見るようになった。

 
夢の話と漠然とした不安をそのまま、夫に話してみた。
 
夫に聞いてもらうと、漂っていた気持ちが言葉を持って落ち着いて

とりあえず、今目の前にあるところをひとつひとつ
という気持ちと
今はここにいるのだから、ここからどこかへ行くとしても
まずはここでの生活に心を置こう、と思えた。

 
 
 
いつでも「ここ」から

「ここ」にしっかり足をつけていた時に
「ここ」からむかう新しい景色が
いつの間にかやってきてる
 
 
焦りが生まれたり、不安になると忘れがちだけれど

いつでもそうだった。
 
まずは着地すること。
いまここに充分に触れること。
 
 
 

 
近所に子育てをしている友人がほしい、と思っていたので
近所の児童館の子育てクラブに申し込んだ。
 
当たり前だけれど初めてのことだからドキドキと緊張して
申し込みの電話をするのも躊躇ったけれど
一歩踏み出さないと開かない場所もある、と思って申し込みして
さっそく娘と出かけてみた。
 
 
出かけてみると

娘と同じように生まれて1ヶ月の子もいれば
ちょうど生まれて1年経った子、半年頃の子、
いろんなこどもとお母さんたちがいて
 
娘の顔を「小さいね〜可愛いね〜」と覗き込んでくれる先生たちがいて
 
なんだかとても、ほっとした。
 
 
娘がぐずって、抱っこしてあやしていてもいいし
手遊びの途中で走り回る子がいてもいい。
 
こどもはそういうもの、と
ひらかれていて
たくさんの人のまなざしがある空間。
 
 
娘ははじまる前に泣いて、
はじまってからは私の腕の中で眠っていた。
 
終わってからは、先生に抱っこしてもらっていた。


日中はほとんど、私に抱っこされるばかりなので
こんな風に、これからいろんな人に抱っこしてもらえたらいいな
と思えた。
 
 
帰り際に声をかけてきてくれたお母さんがいて
ちょうど息子さんが1歳。
娘のことを「小さくてかわいい」と言い
「わたしも1年でこんなに大きくなるとは知らなかったから、小さい今を楽しんで」
と話してくれた。
 
 
息子さんはとたとたと歩いていて
顔立ちもとてもしっかりしている。
「赤ちゃん」ではなくて、すっかり「男の子」。
 
1年経ったら娘も、あんな風になっているんだろうか。
きっとそうなはずなのに
今は全然、想像がつかない。


 
家に帰ってから、娘も疲れていそうだったし
私も初めてのことで疲れたので、昼寝を始めた娘の隣で、自分も眠った。
 
 

2020年7月1日水曜日



今日、娘を抱っこしていたら
もぞもぞと動いて持て余している感じがあり
部屋にカーペットを敷き、その上にタオルを敷いて寝かせてみると
手足をバタバタと動かしながら機嫌よくしている。
 
音の鳴るおもちゃを顔の前に持っていくと
今までよりも明るい表情でおもちゃを目で追った。
 
 
 
もうすぐ一ヶ月健診があり産院へ出かけるので
抱っこ紐に慣れよう(私も娘も)と思い
今日は午前中、抱っこ紐で娘を抱いて外へ出かけてみた。
抱っこ紐があるのに、なんとなく腕を娘の体にまわしてしまう。
両手が開くのに、両手を離すのはまだ不安で
娘の体のまるみを感じて安心する。


娘と一緒に外を歩くのは新鮮だった。
人とすれ違うたびにそわそわしたけれど、
すれ違う人にとっては別に特別でもない光景の一部だっただろう。

娘は抱っこ紐に頭をすっぽり覆われているので
ほとんど外の景色は見えていなかったはず。
でも室内と様子が違うのはわかっていたと思う。
なんとなくじぃっと抱っこ紐の中で静かにしていた。
 
 

夕方になって、娘が機嫌よくしていたので
また抱っこ紐で抱かせてもらって
ふたりで駅まで、会社帰りの夫を迎えに行った。

さんにんで家路をたどる。
空はまだ明るい。
娘の黒目にも明るい空がうつっている。
ここひと月ほど、家から見送り、迎えるばかりだった夫と
横並びで歩いているのも嬉しかった。


今日も冒険だった。





 
  
 
 


今朝、夫と朝食を食べていたら
娘が泣き声をあげたので
「はいはーい」とかけよって、すぐに抱き上げた。

ひょいっと抱き上げると、娘は目を丸くしていて
「寝起きに、こんないきなり抱き上げられるってどうなんだろう。
びっくりしたのではないかな」と思った。

自分だったら、目が覚めて
まだまどろみの中にいるときに、いきなり体をぐーんと
動かされたくない。


それでさっき
昼寝していた娘が、泣き声をあげたので
かけよってから、
娘の隣に私も横になって
彼女の顔を見て、小さな声で
「起きたの?」と声をかけた。

すると、目をパチパチさせていた彼女と目があって
彼女はにっと笑ったあと
またゆっくり目をとじていって、寝入った。


そのすこしの時間が
なんだか胸に響いてくる。

目が覚めて、ちょっとぐずっていたら
お母さん(というかいつもおっぱいをくれるひと)が近寄ってきて
隣にいるのを見て
また寝入っていく。



私はこどもの頃、自分がいつも何か大きなものに
見つめられている気がしていた。
 
「かみさま」なのか
「うちゅう」なのか

わからないけれど

自分よりも大きな、私の全体を見ることができる存在に
ずっと見られている気がしてた。



それはもしかして
本当に「かみさま」や「うちゅう」みたいなのを感じていたのかもしれないけれど

最近、娘を見ながら

あれは、私の周りにいた大人たちの眼差しだったのでは
ということをふと思う。

眠っていても、何していても
じっと彼女を見つめてしまう自分の姿に気がつきながら。